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西日本レポート

"交流"促進で滞在型観光に貢献! 古民家を活用したゲストハウスの挑戦

2016.12.01 西日本レポート

"交流"促進で滞在型観光に貢献! 古民家を活用したゲストハウスの挑戦 ~奈良県明日香村・「ASUKA GUEST HOUSE」の取り組み~

 飛鳥時代に政治・経済・文化の中心地だった奈良県明日香村には、都を彩った文化遺産が数多くあり、さらに「瑞穂の国」を象徴するような景観が村全体に広がっている。
 しかし、見所満載の観光資源があるにもかかわらず、村内に宿泊する観光客は少なく、ほとんどの人が数時間で村を後にしている。
 その状況を打開すべく、古民家を再生して昨年4月にオープンしたゲストハウスがある。「ASUKA GUEST HOUSE」だ。単に"泊まる"という宿泊施設としての機能にとどまらず、滞在型観光を図る新たな拠点としても存在感を増している。
 今回のレポートは、民間が主となって、観光振興で新たな展開に挑戦する「ASUKA GUEST HOUSE」の取り組みを紹介する。

明日香村が抱える観光振興の光と影

鮮やかな壁画が見つかった高松塚古墳やキトラ古墳、国内最古の本格的仏教寺院・飛鳥寺、聖徳太子ゆかりの橘寺、大化の改新の舞台・飛鳥宮跡…。歴史の教科書にも登場する数々の文化遺産と景観が、歴史的風土を保存する明日香法1)によって守られ、村全体に往時をしのばせる空気が漂う。
 いにしえの雰囲気を満喫しようと、人口約5,700人の村に年間80万人もの観光客が訪れるが、村内に宿泊する人はそのうちわずか2%ほどしかいない。
 明日香村にある宿泊施設は20軒弱で、うち半数が民宿である。明日香法1)により、ホテルなどの宿泊施設の建設が難しいなか、収容能力の不足に加え、宿泊スタイルも限られている。
 近年は、農家宅で修学旅行生の受け入れを行う「民家ステイ」によって、宿泊者数は持ち直しつつあるものの、滞在型観光を進めるにあたっては、幅広い層の受入体制がまだまだ不十分であり、それを整えていくことが、明日香村の大きな課題となっていた。

1)「 明日香村における歴史的風土の保存及び生活環境の整備等に関する特別措置法(1980年施行)」。通称・明日香法。明日香村の歴史的風土を守るため、村全体に開発や建築の規制をするとともに、住民生活の安定と向上を目的に制定された。

明日香村の観光客数と宿泊者数の推移

資料:明日香村役場

資料:明日香村役場

観光振興に民間が結集

 確たる産業がない明日香村では、観光振興に村の命運がかかっている。そして、観光振興は行政だけでなく、民間の力があってこそ効果を発揮する。
 そのような危機感のもと、民間の力を結集しようと2011年5月に作られたのが「明日香ニューツーリズム協議会(14年4月、飛鳥ニューツーリズム協議会に改称)」である。同協議会は、明日香村役場の支援のもと、明日香村商工会を中心に関係機関で組織され、「民家ステイ」で成果を上げるなど、村の観光振興の中核的存在となっていった。

「ASUKA GUEST HOUSE」のきっかけ

 民間主導で観光振興の機運が盛り上がるなか、観光客の受入体制のさらなる充実を図るため、飛鳥ニューツーリズム協議会の商工会メンバーを中心とした有志が、古民家を活用し、村内で初のゲストハウスの運営を行う株式会社J-rootsを設立した。
 ただ、ゲストハウスを作り収容能力を増やすだけでは、観光客が明日香村で泊まるインセンティブにはならない。そこで、目指した機能が"交流"であった。近年、里山空間を楽しんだり、そこでの生活に触れたりすることを楽しむ若者や外国人が増えている。彼らは"地域との触れ合い"を期待しており、明日香村をもっと満喫してもらうためには、ソフト
面の充実は欠かせない要素であった。村では、文化遺産の周辺整備や博物館などのハード面は年々充実していたが、ソフト面の取り組みが遅れており、訪れた観光客同士や観光客と住民が触れ合う機会は皆無に等しかった。

※マップ情報提供:国営飛鳥歴史公園

※マップ情報提供:国営飛鳥歴史公園

空き家だった築150年の古民家を活用

 明日香村を訪れた人に「村の魅力をもっと満喫してもらいたい」という思いのもとできたゲストハウスは、古民家ならではの風情をベースにしながらも、宿泊者に快適に過ごしてもらうべく、Wi-Fi環境など現代的な機能も備えている。また、宿泊者同士が"交流"しやすいよう、広々とした和室リビングを設けるなど、開放的な空間を演出している。
 明日香村の空き家は年々増え、今では130軒を超えている。そのなかで、今の空き家を選んだ決め手となったのが、間取りやサイズなどのハード的要素もさることながら、かつての飛鳥寺の境内という"ストーリー性"だと言う。
 この事業の成否のカギは、"明日香らしさ"がどれだけ演出できるかにかかっていると考え、ここでしか体験できないという希少性を生み出すことで、ゲストハウスの付加価値を高めた。

「ASUKA GUEST HOUSE」の概要

部屋男女混合ドミトリー 10名分
女性専用ドミトリー 7名分
蔵(個室) 最大4名
住所明日香村飛鳥659
電話番号0744−54−5659
営業時間IN/16:00 OUT/11:00
料金ドミトリー 1泊2,800円
蔵 1泊・1室12,000円

クラウドファンディングでPR

 「ASUKA GUEST HOUSE」の事業の特徴の1つが、改装などの資金をクラウドファンディングを活用して調達したことである。
 クラウドファンディングは、インターネットを通して、不特定多数の人から資金を募る方法で、この事業では、概ね目標額である約1,400万円が集まった。
 クラウドファンディングを活用した狙いはほかにもあった。"広告宣伝効果"である。
 クラウドファンディングでは、出資を募るため、ネット上で事業の詳細が掲載される。この事業に、実際に出資してくれたのは約250人だが、その情報を見た人は、数万人規模となろう。また、今となっては同じような目的でクラウドファンディングを活用する事例が増えているが、募集を開始した当時(2014年3月)は、古民家再生プロジェクトでクラ
ウドファンディングを利用する事例が目新しかったこともあり、全国紙などのマスメディアがこぞって取り上げた。オープンする前から、多くの人にPRすることに成功したのだ。
 クラウドファンディングは、蓋を開けてみないといくら調達できるかわからない。また、定期的に投資者向けの事業報告書を作成する必要などの手間がかかるが、J-rootsの担当者は「効果と比べたら、苦労と言えるほどのことはない」と話す。

熱意をもって難題を乗り越える

 事業の計画段階から今に至るまでで、最も大変だったのは、明日香法をクリアすることだった。
 前述した通り、明日香法によって新築はおろか、既存の建物に手を入れることにも制限が多い。そのため、古民家の使用用途変更(居住用→宿泊用)の手続きだけでも、役場に何度も足を運び、ましてや地中を掘り返して水道管を通すとなるとひときわ大変だった。
 それらを乗り越えるのに何か"秘策"があった訳ではない。「この事業は、村をもっと元気にするための事業だ!」ということを、熱意を持って根拠だてて地道に説明し続けたことに尽きると言う。
 初めは懐疑的に見ていた人も多かったようだが、地道な活動をし続けていったことで、この事業への理解と共感が広がっていった。

観光振興の新たな拠点として地域で存在感を増す

 「ASUKA GUEST HOUSE」がオープンして1年半。若者や外国人などが多く利用し、これまで明日香村にほとんど訪れていなかった層の開拓に成功している。利用者数は着実に増えており、収支も回っていると言う。また、平均宿泊日数は2泊と、滞在時間を延ばす新たな拠点としても存在感を高めている。そして、明日香村に「ASUKA GUEST HOUSE」
という"交流"の場ができたことで、人が人を呼び、交流の輪が広がりつつある。
 役場や住民も「『ASUKA GUEST HOUSE』の交流の輪が広がっていけば、村の観光振興につながり、空き家対策にもなる」と期待を寄せている。

おわりに

 観光振興は、人口減少に苦しむ地方にとって、交流人口を増加させる切り札として、全国各地で積極的に取り組まれている。そのなかで、「ASUKA GUEST HOUSE」の成功要因は、"滞在したい"という観光客のニーズに対し、地域にある資源を活用し、民間の力を結集して、実現に向けて知恵を絞ったことにある。
 明日香村では、このほかにも観光客に村をもっと楽しんでもらおうと、観光案内サインの整備や超小型モビリティ「MICHIMO」の導入、往時の姿をコンピューターグラフィックスで再現する「バーチャル飛鳥京」など、官民一体となってさまざまな取り組みがなされている。
 明日香村の観光振興に化学反応を引き起こした「ASUKA GUEST HOUSE」。今後とも、明日香村に新たな息吹を吹き込み続けていくことに期待したい。

(土岐 博史)

ゲストハウスに宿泊して…

団らんの様子

団らんの様子

 取材当日、リビングでは、お互い初対面だという外国人が話し込んでおり、その傍らで、地域の住民が集まり、お酒を酌み交わしながら"ざっくばらん"な話をしていた。ほどなく、そこにいた皆が1つの輪となり、「お勧めの場所は?」「美味しい食べ物は?」「飛鳥寺の歴史は?」など、話が弾み、気が付くと深夜0時を回っていた。
 「ASUKA GUEST HOUSE」に漂う和やかな雰囲気が、互いの距離を縮め、まるで竹馬の友とでも会ったかのような親近感を生み出していた。運営者も「このアットホーム感はとても大事。このような交流の輪をもっと広げたい」「利用者が求めること、住民の思いなど、たくさんの情報が集まる拠点にしていきたい」と熱く語っていた。

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