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西日本レポート

【広島県福山市】古くて新しい都市 バラの香り豊かな福山市 -「鉄の町」から「歴史・文化の都市へ」-

2001.03.01 西日本レポート

古くて新しい都市 福山市 0103-map

-「鉄の町」から 「歴史・文化の都市へ」-

中核市福山市の歩み

福山市は、広島県の東南端、瀬戸内海沿岸のほぼ中央部に位置する市域約364km2(中国地方で第3位)人口約38万人(同、第4位)の政令指定都市に次ぐ中核市である。
福山市の歴史は、1619年、備後10万石の領主となった水野勝成が「福山」と命名したのが始まりとされる。以来、城下町として整備が進められ、今日の福山の礎が築かれることになる。
1889年市制町村制により、福山町に、1916年、人口約32万人の福山市が誕生。その後、数次に亘る周辺市町村との合併を経て1998年4月1日、中核市へ移行し、現在に至っている。
産業面では、古くから地場の繊維産業を基盤としていたが、1961年、単一工場としては世界最大といわれる製鉄所が立地決定、1964年には工業整備特別地域の指定を受け、わが国経済を担う重工業都市へと転換することになる。

「鉄の町」から「歴史・文化の都市」へ

「福山市は鉄の町」のイメージが強いのではないだろうか?ところが意外や意外、工業都市、近代都市の一面を持ちながら、一面では日本の歴史に直結する国宝級の貴重な遺跡が多数大切に保存されているし、ユニークな文化遺産も残っている。これらは外部の人々に意外に知られていない。
今回は、福山市の歴史・文化遺産を活用したまちづくりをご紹介したい。

福山城周辺を文化の里に

わが国に残るお城のなかで、新幹線の窓から間近に天守閣の全貌を目にすることができる所は福山市以外にはないだろう。
新幹線の福山駅の南側は、高層ビルが林立する近代都市、一方、駅の北側は、徒歩で5分の距離の所に城跡や美術館・博物館・文学館・神社仏閣が集中立地する。駅をはさんで新旧のコントラストがこれほどクッキリしている都市は珍しい。
このゾーンの生い立ちを辿ってみると、1983年、文教地区文化施設調査報告書が作成され、市の文化ゾーン構想が打ち出された。これに基づき1988年に「ふくやま美術館」が公園型美術館として完成。イタリアを中心とする20世紀ヨーロッパ美術を中心とした作品、郷土の作家および瀬戸内圏関連作家の作品が収集、収蔵、展示されている。
翌年の1989年には「県立歴史博物館」が開館。芦田川の川底に眠っていた中世民衆の町“草戸千軒町遺跡”の復元と、出土した生活資料が展示されている。

ふくやま文学館

ふくやま文学館

福山城公園の北側、元野球場跡地も公園化され、1994年、「福山市人権平和資料館」が開館している。1999年には「ふくやま文学館」が開館。名誉市民の作家井伏鱒二を中心に、郷土ゆかりの文学者の業績、主な作品、遺愛品などを収集、保管、展示している。

福山城は全国屈指の名城

福山城

福山城

このゾーンのシンボルである「福山城」は、数奇の運命を辿っている。徳川譜代の臣水野勝成が福山城を築いてから廃藩置県に至るまで、福山城が藩治の中心となる。

明治6年に廃城となり、天守閣、伏見櫓、筋鉄御門、御湯殿を除き大部分が取り壊された。
1945年、戦災により、天守閣と御湯殿を焼失する。1966年、市制50周年記念事業として天守閣、御湯殿、月見櫓が復元された。幸い焼失を免れた伏見櫓、筋鉄御門は、国の重要文化財に指定されている。
なお、福山城は、近世築城の最後のものとして、その完成された築城技術の粋を誇るものであり、全国城郭中屈指の名城をして称えられている。

鞆の浦(とものうら)は昔の風情をそのままに

福山の歴史をみるとき、その発展を支えてきたのは、陸路の要衝であった山陽道と海上交通の重要拠点であった鞆の浦である。

沼名前神社

沼名前神社

福山駅から南へ14km、沼隅半島の先端に位置する鞆の浦は、日本で最初の国立公園の一つとして指定された瀬戸内海国立公園を代表する景勝地である。
また、鞆の浦は、瀬戸内海のほぼ中央に当たり、潮の流れが変わる所であり、古来より“潮待ち風待ちの港”として栄えた町である。
平安時代に作られた法令「延喜式」にも記載されている「沼名前(ぬなくま)神社」、釈迦堂と堂内の仏像数体が国の重要文化財に指定されている「備後安国寺」をはじめ数多くの古い仏閣・仏像が大切に保存されている。
古いまち並みも保存されており、港町に一歩足を踏み入れると、昔の落ち着いた港町の風情があり、タイムスリップしたように感じられる。

ユニークな博物館でパワーアップ

福山市には、地場産業がらみや個人が蒐集したものを展示する珍しい博物館もある。
一つは「日本はきもの博物館」である。JR松永駅から徒歩5分の所に位置する。弥生時代の田下駄(たげた)から宇宙飛行士の靴まで、古今東西から集めて展示されている。人類の歴史を履物で辿ることができる。

福山自動車時計博物館

福山自動車時計博物館

いま一つは、同じ敷地内にある「日本郷土玩具博物館」。その名のとおり、国内外の玩具が8つのテーマに分類されて展示されている。
最後は「福山自動車時計博物館」である。JR福山駅北口から徒歩12分の所にある。戦前から戦後にかけての貴重な自動車・時計はもちろん飛行機・オルゴールなども展示されている。しかも見る、触る、乗る、写真を撮る・・・何をやってもOKの体験型博物館で実にユニーク。懐かしい名車の数々には、大人も思わず嬉しくなるというもの。

「福山ばら祭」では40万本のバラの香り

第三次福山市総合計画のなかで21世紀を睨んだ福山市の将来都市像が描かれている。それによると「輝く瀬戸内の交流拠点都市、個性豊かなばらのまち福山」とある。
福山市のイメージとして、鉄とともに挙げられるのがバラである。市の花ともなっているバラには、個性の豊かさや人のやさしさを大切にする気持ちなどが込められているようであり、市民の愛着も強い。

ばら公園

ばら公園

市の中心部にある「ばら公園」は、市民の憩いの場所。空襲で焼け野原になった町に誰ともなくバラを植えたのが始まりとされる。今では280種、5500株を数えるに至っている。見頃は5月と10月中旬。毎年5月中旬には、ばら公園を中心に「福山ばら祭」が開催される。その時期、市内は40万本のバラの香りに包まれることになる。

市の花 バラ

市の花 バラ

以上、福山市の鉄のイメージの陰に隠れがちな部分、とくに豊富な歴史・文化資源や施設にスポットを当て、歴史・文化の側面からイメージアップを目指す福山市の取組みを紹介した。ぜひ、皆様も福山市にお立ち寄りのうえ、歴史と文化とバラの香りに浸っていただきたい。おそらく「なぜ、この素晴らしい資源をもっと強くPRしてくれなかったの?」と思われるに違いない。
市当局では、観光事業にも力を注いでおり、数々の観光振興策が打ち出されている。すでに「しまなみ海道」が開通し、名実ともに「輝く瀬戸内の交流拠点都市」となっている。着実な政策展開により全国に、海外に、よりいっそう輝いてほしい。

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