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西日本レポート

伝えたいんや! 町工場のモノづくりへの熱い思い ~東大阪市・モノづくり観光~

2017.05.31 西日本レポート

伝えたいんや! 町工場のモノづくりへの熱い思い

 修学旅行の思い出は"町工場!?" 大阪府東大阪市、その名のとおり大阪市の東に位置するこの町は、高校ラグビーの聖地「花園ラグビー場」を有する"ラグビーのまち"であり、人工衛星「まいど1号」の製造に携わったことでも有名な工場密度日本一1)の"モノづくりのまち"でもある。
 今回は、このモノづくりのまちを支える中小企業が手を取りあい、その意地とプライドをかけて挑む"モノづくり観光"の取り組みを紹介する。

若者に伝えたいんや!

 きっかけは、東大阪市東部、生駒山の麓に位置する「ホテルセイリュウ」だった。同ホテルは、多くの修学旅行を受け入れていたものの、修学旅行生が東大阪という町を記憶にとどめることはなく、大阪市内のテーマパークや京都、奈良へ足を延ばすためだけの宿泊拠点に過ぎなかった。
 こうした状況を打開して東大阪の活性化につなげようと、地元の有志を集め世界に通用する東大阪の魅力を考え抜いた結果、"町工場のおっちゃん"にたどり着いた。そして、一生の思い出となる修学旅行で、東大阪の誇りである「モノづくり」の心を若者に伝え、東大阪のファンになってもらおうと、"モノづくり観光"はスタートした。

モノづくりのまち 東大阪

 東大阪は、古くから伸線業2)、鋳物工業、木綿産業の盛んな地域であった。高度経済成長期、土地や貸工場が多くあった東大阪に、隣接する大阪市から多くの職人が流入、1960年代後半に約4,000あった製造業事業所は、83年には約10,000事業所まで拡大した。しかし、その後はご多分にもれず、産業空洞化や安価な海外製品流入等による経営環境の悪化が進み、さらにバブル崩壊やリーマンショックを経て、現在は約6,300事業所まで減少している。
 とはいえ、工場密度日本一の名は伊達ではない。約9割の事業所が大手企業との系列関係になく、工場間で分業ネットワークを構築、それぞれが専門分野に特化して独自技術を向上させることで、高品質な製品製造を実現している。工場集積を生かして技術力を結集し地域全体で強固な基盤を築いている、それが"モノづくりのまち東大阪"である。

1) 工場数4,000以上の都市比較。
2) 鉄線や硬鋼線等を製造する産業。


東大阪の"モノづくり観光"

 2008年12月、地元企業・観光施設など15団体が参加して「東大阪教育旅行おもいでづくりサポートプロジェクト連絡協議会」が発足し、修学旅行を町工場に誘致するモノづくり観光はスタートした。09年には「東大阪モノづくり観光活性化協議会」に発展、国の補助金を利用してモノづくり観光の基盤を整備した。そして12年、自立運営を目指して「一般社団法人大阪モノづくり観光推進協会(以下、推進協会)」が設立され、今日まで事業の中心的役割を担っている。
 今や、見学や体験を受け入れる企業は約50社まで拡大、"モノづくり観光"を目当てに、全国から年間5千人を超える修学旅行生や観光客が東大阪を訪れている。モノづくりのまち東大阪を発信するこの取り組みは、13年に「地域づくり総務大臣表彰」を受賞するなど、名実ともに東大阪を代表する観光資源となっている。

製造事業者が観光に取り組む意義

 さて、このモノづくりのまちで、製造事業者が観光に取り組む理由は何なのだろうか。当初からの主要メンバーで、今年3月までに延べ232先(170校、62団体)を受け入れてきた「野田金属工業株式会社」の野田邦雄会長は、「モノづくりへの関心の薄さに対する危機感」を挙げる。
 担い手の減少に伴う従業員の高齢化は、中小製造事業者共通の悩みである。東大阪市の試算でも、2040年までに製造業従事者数は10年比半減すると予測されており、このままではモノづくりの灯が消えるとの危機感は強い。受け入れにより本業の生産性が低下することになってでも、「お金よりも大切なことがある」「育ててもらった東大阪に恩返しする」とモノづくり観光に取り組む経営者が多いのも、そうした思いからだろう。
 野田会長は、終戦直後の物資が不足するなか、独学で鍋を作り上げ、飢えに苦しんでいた人々からとても感謝されたことで自らも喜びや満足感を得たという。その経験から、「モノづくり(=仕事)とは生きること」であると、モノづくりの原点とその重要性を若者たちに伝え続けている。

モノづくり観光の効果

 受入企業にとってはCSR的側面の強い取り組みであるが、副次的な効果も現れている。
 修学旅行生は、おっちゃん達が機械を巧みに操作する姿や、素材が加工される様子を食い入るように見るそうだ。すると、自然と工場内の整理整頓が進み、おっちゃん達は身なりや仕事ぶりを意識するようになる。また、説明や質問に対応するため、自分の作業や作る部品の用途等についてより深く理解しようとするようにもなり、それをきっかけに業務改善につながることもあるそうだ。高いコンサルティング料を払うより、従業員教育や生産性向上になるという経営者も多いようだ。
 さらに、働くことの意味や大変さを感じ取って帰った修学旅行生から届くお礼の手紙は、おっちゃん達にモノづくりに対する誇りと喜びを与えてくれるそうだ。

成功の鍵は"民間主導の地道な活動"

 モノづくり観光(=産業観光)は、一朝一夕に取り組めるものではない。東大阪のモノづくり観光成功の鍵は、民間による自発的で地道な活動にある。
 製造業の盛んな地域において観光振興に取り組む際、往々にして産業観光にスポットライトが当てられるが、観光とは無縁の製造事業者に話を持ちかけても、本業が忙しく協力が得られないケースは多い。観光の位置付けがそもそも低いなか、取り組む意義も不明瞭ではうまくいくはずはない。
 その点東大阪では、多くの製造事業者が自らの社会的価値を認識し、「モノづくりの心を伝えたい」「東大阪に恩返しがしたい」という思いから、自発的に活動を開始し、そしてその輪を地道に広げてきた。だからこそ、地域活性化の成功モデルとの評価を受けるに至ったのだろう。
 とはいえ、すべてがうまく進んでいるわけではない。推進協会の足立克己専務理事も「経営者にもさまざまな考え方があり、受入企業の拡大には苦労もある」と言う。そこで、経営者を口説く際のノウハウをうかがった。産業観光の振興をお考えの方は、参考にされてみてはいかがだろうか。

足立専務理事の口説き文句

①経営者に自身の修学旅行の思い出を聞く→よく覚えている
②モノづくりへの思いや技術者としてのプライドを聞熱い思いと自信あり
③東大阪が好きかどうか聞く→好き
④みんなに東大阪の良いイメージを持ってもらいたいか聞く→ 当然、持ってもらいたい
⑤それなら、修学旅行生に熱い思いを伝えませんかと言う→断りにくい

東大阪のモノづくり観光は新たなステージへ

 これまで民間主導で実績を積み上げてきた東大阪のモノづくり観光は新たな展開を迎えている。
 昨年10月、東大阪市の観光振興全般を担う組織として「一般社団法人東大阪ツーリズム振興機構(東大阪版DMO3))」が設立され、モノづくり観光がその事業の柱の1つに据えられたのだ。同機構は、推進協会によるこれまでの修学旅行生主体の事業をさらに発展させ、個人観光客や外国人観光客にも拡大していく方針を打ち出している。
 「個人観光客の受け入れには移動手段の確保が、さらにそれが外国人観光客の場合には通訳の手配や外国語表記等の課題がある」とは足立専務理事。推進協会では、こうした観光客の受入体制構築やお土産品等の開発に係る業務を受託し、モノづくり観光の新たなステージへの挑戦を続けている。

「産業観光」の可能性

 町工場で本物のモノづくりを体感してもらい、モノづくりの楽しさや大切さ、そして働くことの意義などを、おっちゃん達が直接語りかける東大阪のモノづくり観光は、修学旅行だけでなく、企業の社員研修や経済団体・地方議会による視察など、その参加者層を拡大してきた。そして今後についても、個人観光客や外国人観光客への拡大が見込まれるなど、発展の余地は多分にある。
 製造業の盛んな地域における産業観光は、その地域らしさを資源に観光客を誘致して地域を活性化する有効な手段といえるだろう。また、地元の若者にも体験してもらう機会を設け、地元企業の経営者の熱い思いやその仕事の面白さが伝われば、将来の担い手確保にもつながるのではないだろうか。

地域の宝物

 観光の目的は、地域の"宝"を見たり体験したりすることにある。東大阪のモノづくり観光の場合、それは"町工場とそこで働くおっちゃん達"だ。
 この宝物、ここ技術大国日本においては、全国津々浦々、どこにでも存在していることに改めて気づく。その歴史・背景は異なっても、当事者が本気でやるかやらないかの違いだけなのかもしれない。インターネット等で情報の入手がどれだけ容易になったとしても、現場で肌に感じ、生の声を聴くことに敵うものはない。"若者に伝えたいんや!"の精神が、各地で浸透することを期待したい。

3) 観光振興を民間的手法を用いて推進する組織。
  Destination Management/Marketing Organizationの略。


(宮内 雅史)

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