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西日本レポート

【岡山県笠岡市】島民の思いをひとつに いつまでも島で元気に暮らし続けるために ~岡山県笠岡市・かさおか島づくり海社~

2016.08.01 西日本レポート

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日本には何千もの島々が存在し、そのうちの400余りが有人島である。その多くで地理的条件不利を要因に、人口減少・高齢化が急速に進んでおり、将来にわたって島の暮らしを維持できるのか懸念される。
今回は、島民が団結し、“いつまでも島で元気に暮らし続ける”ために取り組んでいる岡山県笠岡市の「NPO法人かさおか島づくり海社(がいしゃ)」(以下、島づくり海社)を紹介する。

地域の存続が危ぶまれる

岡山県南西部、笠岡市沖にある笠岡諸島は大小31の島からなり、このうち、高島(たかしま)白石島(しらいしじま)北木島(きたきじま)真鍋島(まなべじま)小飛島(こびしま)大飛島(おおびしま)六島(むしま)の7島が有人島である。ピーク時に1万人を超えていた7島の人口は2千人を切り、高齢化率も約65%と、非常に高くなっている(2015年4月1日時点)。
島には高校がないため、進学とともに島を離れる若者が多い。加えて、就労の場が限られているため、戻ってくる人も少なく、人口減少が加速し、地域の活力が低下している。

島の連携 島おこしへ

「このまま何もしなかったら島は沈没してしまう」と将来を危惧した笠岡諸島有志によっ て、1997年に「島をゲンキにする会」が立ち上げられ、島の活性化について話し合われた。そこで、島民同士のつながり・連携を深めることが島おこしにつ ながるとして、7島合同で「島の大運動会」が企画された。翌98年に、島民が主体となって運営し、市が支援するかたちで、運動会を開催した。
“島をひとつに、心はひとつに”をテーマに、島民たちが団結し、競い合い、触れ合うことで、笠岡諸島全体が盛り上がった。以降、運動会は毎年開催され、島民同士の交流につながっている。

2016年 島の大運動会

2016年 島の大運動会

99年の第2回大運動会では、プログラムの1つとして「島の討論会」が行われ、島民の代 表が市の助役らに対して「財政投資ではなく人材投資を」「島の人と一緒に汗をかいてサポートをして欲しい」との想いを伝えた。その想いが行政を動かし、 2001年、笠岡市は市長の特命組織として「島おこし海援隊」を結成し、島民のサポーターとして市職員を派遣した。職員は島に住み、島民とともに島おこし を進める一員となった。これを機に、行政と島民の島おこしへの意識は一層高まっていった。
さらに、02年には、島づくり海社の前身となる島民組織(任意組織)「電脳笠岡ふるさ(とう)づくり海社」が立ち上げられた。06年には、NPO法人格を取得するとともに、「NPO法人かさおか島づくり海社」と名称を変え、7島がそれぞれの特徴を活かしたさまざまな取り組みを展開していく。

多種多様な事業内容

島づくり海社の主な事業目的は、島民が生活するうえで直面する困りごとや要望などを解決 することである。具体的な事業は、「島の産業サポート事業」「暮らしサポート事業」「島とまちの交流サポート事業」「学びのサポート事業」の4つである。 これらは、島民からのニーズによるものだけでなく、行政からの依頼を受けているものもあり、島づくり海社と行政が協働して事業に取り組んでいる。

かさおか島づくり海社の沿革

かさおか島づくり海社の主な事業内容

資料:NPO法人かさおか島づくり海社の資料を基にIRC作成

いつまでも島で元気に暮らし続けるために

[1]海社デイサービス

海社デイサービス

海社デイサービス

離島では島内に介護施設がないところが多く、高齢者は自分の住んでいる地域内で十分に介 護サービスが受けられないという問題がある。笠岡諸島でも船に乗って本土に行かなければ十分に満足できる介護サービスを受けることができなかった。そこで 島づくり海社は「島で最後まで暮らしたい」という島民の声に応え、北木島2ヵ所、白石島1ヵ所、真鍋 島1ヵ所の計4ヵ所にデイサービスを開所した。25人の運営スタッフは全員島民であり、介護サービスの提供という本来の目的に加えて、雇用の創出や“島の ために働く”というスタッフのやりがいにもつながっている。また、スタッフと利用者が顔見知りの場合も多く、島特有のコミュニティ・連携によって、サービ スを超えた見守り体制も構築されている。

[2]六島あゆみ園

2006年、六島には就学前の子どもが4人おり、保育所設置を望む声が寄せられていた。その声に応え、笠岡市は、07年に幼児育成施設「あゆみ園」を開設し、島づくり海社が運営を受託、保育サービスを提供している。また、これを機に島の将来を担う子どもたちのために休校していた小学校も再開することになり、島の子育て・教育環境が改善されていった。

[3]島のきずな便

13年には買い物支援事業である「島のきずな便」がスタートした。これは国・県の補助を受 けながらイオンと日本郵便との共同で実施している注文代行配達サービスで、現在は北木島と六島の2島が配送エリアである。島づくり海社が[1]週に1回、 島民の注文をとりまとめ、[2]ネットスーパーを利用し一括注文、[3]島づくり海社に郵送で届けられた商品を仕分けし、注文した島民へ宅配する仕組みで ある。利用登録者は50~60人程度で、島民の買い物の一助となっており、「島のきずな便」という名前にあるように、宅配の際に地域を見守るという大切な 役割も担っている。

[4]宿泊研修所・高齢者共同生活住居「石切りの杜」

石切りの杜

石切りの杜

15年7月からは、廃校となった旧北木小学校を改修した「石切りの杜」の運営管理も行っている。石切りの杜は、1階部分が高齢者共同生活住居、2・3階部分が学生や企業などを対象とした宿泊研修施設として利用されている。
全国的にはいわゆる“サ高住”と呼ばれるサービス付高齢者住宅が広まっているが、石切りの杜では介護サービスは提供していない。高齢者共同生活住居は、笠 岡諸島で一人暮らしに不安のある高齢者を対象として、共同生活をしながら、保健と福祉の向上を図っている。そのため、入居できるのは要介護認定を受けてい ない、自立した生活ができる人に限られており、全国的にも珍しい取り組みである。ただし、今のところ入居者は1人とのことで、これからの利用促進が課題と なっている。

宿泊研修所は、宿泊室5室(各定員10人)、リビング兼食堂、研修室5室、シャワー室を 備えている。校庭も利用でき、北木島の自然や風土に触れながら研修活動ができる。事業開始以来、笠岡市内の小学生を中心に利用が広がり、宿泊施設ののべ利 用者数は約1,800人となっている。今年度は新たに2校の利用が決まっている。

[5]空き家対策

笠岡諸島では02年から空き家対策が行われており、とくに移住サポートに重点が置かれて いる。マスコミに取り上げられたこともあって、これまでに45世帯90人が移住し、定着率は約50%となっている。担当者によると、「重要なのは空き家あ りきで考えないこと」だそうだ。空き家の活用だけを目的にすると、「思っていた生活と違う」などと、移住者の当初の理想と生活が乖離してしまい、結果的に 定住につながらないケースが多いとのこと。全国的に地方移住が話題を集めているが、安易な移住の働きかけは移住者と受け入れる地域のミスマッチを生む可能 性がある。そのため、島づくり海社では移住希望を受け付けた場合、まずは島暮らしを体験できる「しま暮らしお試し住宅」を提供して、先輩移住者の生活を見 てもらい、島での生活をイメージしてもらうのだそうだ。
島には働き口も少ないため、軽い気持ちでの移住は難しい。負の面も含めて、しっかりと移住希望者とコミュニケーションをとって、納得してもらったうえで、初めて移住受け入れとなる。今年度は笠岡市の定住促進センターと連携しながら、空き家対策に取り組んでいく。

[6]特産品「魚々干(とっとぼし)」の開発

魚々干

魚々干

島づくり海社は、近海で獲れた魚を灰干しにする『魚々干』という特産品を開発し、産業振 興・雇用創出につなげている。製品開発の背景には、噴火で 被害を受けた伊豆諸島・三宅島の復興支援もあり、過疎高齢化と火山灰被害の課題を抱える離島同士が協力し合う「灰干しプロジェクト」として取り組まれてい る。特殊フィルムと専用綿布で包んだ魚を火山灰に一昼夜寝かすと魚臭さが消え、旨味が凝縮されるそうで、「生魚よりもおいしい」との声もある。島づくり海 社では、製造・販売を手がける(株)島のこしを立ち上げ、地元笠岡市のほか、東京などでのイベントにも出店するなどして、「魚々干」の積極的な販路拡大と 笠岡諸島のPR活動も行っている。

今後の課題

島づくり海社では今年度から新たに、北木島の海水浴場の運営を行い、また、引き続き、島民のニーズに合わせた既存の事業にも取り組んでいく。
ただ、これまで順調に事業を拡大し、雇用を創出してきたが、島内の人口が減少していることもあって、スタッフの確保が難しくなっている。また、島づくり海社自体も設立から10年が経ち、当初から関わっている中心メンバーが50~60代になっており、世代交 代、つまり若手の人材育成が課題となっている。
そうしたなか、島の子どもたちが将来への思いを語る場として「子ども島づくり会議」を開催した。子どもたちも島の将来を真剣に考え始めており、この中から島づくり海社の将来を担う人材が出てくるかもしれない。

おわりに

島づくり海社の取り組みは多岐にわたる。「自分たちの住む島を何とかしたい」という強い思いが、島民はもちろん、行政をも動かした。笠岡諸島ではそうした思いを島全体、諸島全体で共有することで、島づくり海社の存在を中心とした島おこしを実現している。
島民の暮らしを取り巻く環境は変化し、それに伴い、島づくり海社の役割も変化し続けるだろう。今後も島民に寄り添った取り組みで、笠岡諸島が活性化することを期待したい。

(國遠 知可)

調査月報「IRC Monthly」2016年8月号 掲載

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