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西日本レポート

【佐賀県】テレワークで役所が変わる、日本が変わる!? ~地方発のワークスタイル変革に取り組む 佐賀県庁~

2015.04.01 西日本レポート

テレワークで役所が変わる、日本が変わる!? ~地方発のワークスタイル変革に取り組む 佐賀県庁~

子どもを産み育て、親の介護をしながら仕事を続けていく…労働人口の減少や少子高齢化が進む日本において、こうした労働環境は珍しいものではなくなっている。
他方、ICT(情報通信技術)の発展は目覚ましく、これを有効活用しない働き方はもはや考えられない。
このようななか、佐賀県では、全国に先駆けてテレワークを推進し多様な働き方の提供とともに、業務の効率化と行政サービスの向上を図っている。
今回は、佐賀県のこれまでの取り組みや、テレワークの今後の可能性について取り上げる。

テレワークとは

テレワークとは、ICTを活用した時間や場所にとらわれない柔軟な働き方のことを言い、 「tele=離れたところ」と「work=働く」をあわせた造語である。現在、佐賀県で行われているテレワークは、「在宅勤務」、通常の勤務地以外の職場 で勤務する「サテライト勤務」、出張先などでタブレット端末などを用いて業務を行う「モバイルワーク」の3形態である。

テレワーク導入のきっかけ

佐賀県の職員年齢分布をみると、介護世代である50代の職員が最も多く、また30代以下の子育て世代の職員は、約半数が女性で占められている。

佐賀県の職員年齢分布(佐賀県の資料を基にIRC作成)

佐賀県の職員年齢分布(佐賀県の資料を基にIRC作成)

一般的に地方は高齢化率が高く、公務員であっても介護離職につながるケースがある。また女性の社会進出が進むなか、子育て世代の職員にも、安心して働ける環境を整える必要もあった。
さらに、導入への後押しとなったのが、前知事の古川康氏の強い思いであった。古川氏が他県に勤務していた際、優秀な女性職員が仕事と育児の両立が困難と なった結果、退職してしまったことがあり、そのような職場環境に疑問を抱いた。そして、佐賀県知事就任後、育児や介護をきっかけとした退職を防ぐための施 策の1つがテレワークの導入であった。

テレワーク導入の経緯

テレワークの様子

テレワークの様子

(1)在宅勤務制度

まず、2008年1月に全国に先駆け都道府県初の在宅勤務制度を導入した。対象者を育児や 介護をしている職員に限定した、福利厚生の性格が強いものであったが、対象者約600名のうち、制度を利用したのは当初10名だけだった。その後、対象者 を広げたり、利用時の申請手続を簡素化したりするなど改善を図ったが、利用者はなかなか増えなかった。
10年10月、新型インフルエンザ業務計画策定に当たり、インフルエンザ蔓延時でも県庁の業務がストップしない働き方として、在宅勤務の位置付けが見直された。これをきっかけに育児と介護の要件を撤廃したものの、それでも利用者は増えなかった。
そこで、13年8月から所属長以上の職員に、原則週1日以上の在宅勤務を体験させ、テレワークの利点を実感してもらうことで普及を図った。また、テレワー ク推進の第一人者である株式会社テレワークマネジメントの田澤由利氏を招いて職員研修を行い、意識改革も促した。そして、13年12月に本庁知事部局職員 と出先機関の希望する職員に対象を広げ、14年10月には全職員を対象に本格導入した。

(2)サテライトオフィスの設置

在宅勤務を行うに当たり、自宅にネットワーク環境が整ったパソコンを保有していない職員も いたため、県内の出先機関(11カ所)と県外事務所(首都圏、関西)にサテライトオフィスを設置した。これにより、自宅に近いオフィスでの業務が可能に なったほか、出張時に最寄りのオフィスで業務を行うことも可能となった。また、それぞれのパソコンには、マイク付きのWebカメラが搭載されており、会議 や打ち合わせも可能となっている。

(3)モバイルワーク推進実証事業

上記2つの取り組みと合わせて、13年8月に100台のタブレット端末を導入し、農業指導 や廃棄物監視指導など35部署で実証事業を実施した。その結果、業務効率化などの効果が証明されたため、14年10月からは端末を1,000台追加導入 し、本格的に事業の拡大を図っている。

テレワーク導入による効果と課題への対応

(1)在宅勤務、サテライト勤務

「多くの職員がテレワークを活用することで様々な効果が現れ始めています」と語るのは、佐賀県でテレワーク推進を担当する佐賀県統括本部 情報・業務改革課業務担当係長の陣内(じんのうち)清さんである。

佐賀県統括本部 情報・業務改革課 陣内係長

佐賀県統括本部 情報・業務改革課 陣内係長

在宅勤務やサテライト勤務を利用した職員からは、「通勤時間が縮減でき、子どもの幼稚園の 送迎などを妻に代わってできるようになった」、「インフルエンザに感染した際、熱が下がっても出勤できない期間、在宅勤務で仕事ができた」、「時間に余裕 ができ、地域活動にも参加できるようになった」といったワークライフバランス面での評価が聞かれたほか、「始業前に1日の業務内容をあらかじめ上司に報告 することで、仕事を業務時間内に完了させるという意識が高まり、効率が格段に上がった」、「静かな環境で集中して作業ができる」といった業務効率化の観点 からの評価も聞かれる。
また大規模災害時には、出勤が困難な場合も想定され、在宅勤務やサテライト勤務が業務継続に大きな効果を発揮するといった声もあがっている。

(2)モバイルワーク

モバイルワークについても、効果を上げている。営業業務では、動画や電子カタログなどを 使ったプレゼンテーションツールとして活用されているほか、福祉や税務など訪問業務では、大量の説明資料や個人情報や機密情報が記載された資料の持参が不 要となり、負担軽減や情報漏えいリスクの軽減につながっている。また廃棄物の不法投棄の現場では、撮影した写真や動画を速やかに県庁と情報共有できるう え、搭載されたGPS機能により撮影現場を地図上にプロットでき、効率的な業務が可能となっている。
さらに、住民から質問や要望を受けた際も、その場で県庁とWeb会議を行うことで、即時に解決でき、行政サービスの向上につながっている。
そのほか、出張時の移動時間などでも業務が可能となり、部署によっては、「1ヵ月当たりの持ち帰り対応件数が約49%減」、「出張報告書の作成時間が50%削減」となるなど業務の効率化が図られている。

モバイルワークの効果(佐賀県の資料を基にIRC作成)

モバイルワークの効果(佐賀県の資料を基にIRC作成)

そして、在宅勤務やサテライト勤務とモバイルワークを組み合わせることで、より密度の濃い新しいワークスタイルの構築も可能になると言う。

(3)課題への対応

一方で、当初は、新しい取り組みに対する不安の声もあった。一番多かったのは、「きちんと したコミュニケーションができるのか」というものだった。これに対しては、Webカメラやマイクなどを活用することで、パソコン画面上でWeb会議や報告、連絡、相談などを可能にし、今では活発なコミュニケーションが行われている。また、職員研修もゲーム感覚で楽しみながら行うことで、端末操作が苦手な 職員にも早く慣れてもらえるよう工夫している。

コラム:テレワークによるライフスタイル変化

ある職員の東京日帰り出張スケジュール
バスや電車、飛行機などの移動時間や空港などでの待合時間にモバイルワークを行うことで、約6時間の業務時間を捻出し、メールチェックや決裁などの雑務を 行う。また、出張終了後は在宅勤務で報告書を作成し、従来行っていた約3時間の時間外勤務を行うことなく、家族との時間に費やせる。

ある職員の東京日帰り出張スケジュール

優秀な人材確保でも効果

テレワークはワークライフバランスや業務の効率化だけにとどまらず、優秀な人材を確保するうえでも効果を発揮している。
佐賀県では、公務員試験において、面接に重点を置いた採用枠である「行政特別枠」と民間企業経験者を募る「U・Iターン枠」での採用が増加している。 「U・Iターン枠」では、社長や経営コンサルタントの経験者など多様な人材を採用している。テレワークの導入は、このような魅力的な人材を確保する上で、 重要なアピールポイントになっており、東京での業務説明会では、テレワークに強い関心を示す志願者もいると言う。また、働き方の選択肢が増えたことで、東 京在住の高い専門性を備えた人材を、たとえ佐賀県で勤務できなくても嘱託職員として採用することも可能になっている。
また、女性の登用でもテレ ワークは有効である。しかしながら、佐賀県の女性管理職の割合は、14年4月現在8.3%と全国の都道府県平均の数値をわずかに上回るものの、政府目標で ある指導的地位に女性が占める割合を20年までに30%という数値には程遠い。佐賀県では、今後の積極的な女性登用へ向け、職場環境を整えていっている。

佐賀県の取り組みを全国へ

佐賀県の取り組みは全国的にも注目を集め、14年度だけで国や地方自治体などの行政機関や 企業など30以上の団体が佐賀県庁を視察に訪れている。国では、佐賀県の取り組みなどを参考に、20年までに国家公務員の勤務形態の1つとしてテレワーク を定着させ、地方自治体や企業等へも導入を働きかけ社会全体へ波及させようとしており、今後、各省庁で環境整備が進められていく予定である。
すでに、佐賀県内の民間企業では、テレワークを導入する企業も出始めており、今後の広がりに期待がかかる。

経営戦略としてのテレワーク

「テレワークを福利厚生の観点にとどめるのはもったいない。経営戦略の観点で"ワークスタイルの変革"を行わなくてはいけない」と陣内係長。
テレワークを"特定の誰かのためではなく、これからの佐賀県のふつうの働き方"にしていくためには、組織内での情報共有が不可欠だと言う。
そのためには、職員1人ひとりの業務目標や成果を組織で共有し、個人の業務の進捗状況などを常に把握できるよう、普段からコミュニケーションを活発化させ、相互の信頼関係を築いていく必要がある。
また、仕事のやり方も見直す必要がある。文書を電子化し、クラウド上で共有し、会議や打ち合わせも極力Web上で行い、コミュニケーションのICT化を 図っていかなくてはいけない。ちなみに、佐賀県では紙使用量を14年度からの5年間で12年度実績の2割減にするという目標も掲げていると言う。

Web上でのコミュニケーションの様子

Web上でのコミュニケーションの様子

佐賀県が目指す働き方

佐賀県では、地方交付税が削減されて以降、大幅に職員数を削減した結果、職員の業務負担は増加しているが、テレワークの導入で業務の効率化を図り、より質の高い仕事にチャレンジしていくと言う。
陣内係長は今後について、「これまでは、大量の紙や印刷物を用いて、自席に張り付いて仕事をする"オフィス中心の働き方"でしたが、これからは、人がいる ところに仕事が付いていく"人中心の働き方"へと変わっていきます。机で仕事をするのではなく、現場へ出て県民に近い場所で仕事をして、その場で問題を解 決していく。そういう仕事の仕方を目指していきたい」と語る。
テレワークの最終目的は、「県民満足度の向上」である。ワークライフバランスの実現により、"貴重な人材を辞めさせない"、働き方の選択肢を増やすことで"優秀な人材を確保する"、災害時等における迅速な対応や諸課題の現場解決で"行政サービスの向上を図る"、これらはすべて「県民満足度の向上」につながっていくものである。
佐賀県の先進的な取り組みは、"お役所仕事"のイメージを一変させる可能性が高く、次の展開が注目される。

おわりに

労働人口が減少し、労働力不足が見込まれる日本においては、働き方の選択肢を増やして労働力を確保するとともに、ICTなどの最新技術を積極的に取り入れながら生産性の向上を図ることが不可欠となるだろう。佐賀県が進めるテレワークはその在り方を示している。
テレワークはこれからの取り組みであり、一部には、テレワーク環境では、それぞれの職員が離れて仕事を行っているため、コミュニケーションの確保が問題と なることが指摘されている。しかし、佐賀県においては、職員がそのメリットを十分理解しているため、ICTを活用し、"離れていてもつながっている"職場 が形成され、その効果が現れていた。
働き方の多様化と効率化に向け、業務改革を前向きな投資と捉え、まずは職場の足元から見つめ直してみてはどうだろうか。

(中越 隆)

 

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