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西日本レポート

【和歌山県和歌山市・紀の川市】地方鉄道再生!「産・官・民+猫」の歩み ~和歌山県・和歌山電鐵貴志川線~

2014.02.01 西日本レポート

地方鉄道再生!「産・官・民+猫」の歩み ~和歌山県・和歌山電鐵貴志川線~

和歌山県に、JR和歌山駅から枝分かれしたユニークなローカル線、「和歌山電鐡貴志川線」がある。JR和歌山駅の9番ホームを出発し電車に揺られること約30分、どこにでもある田舎ののどかな風景に囲まれた無人駅、貴志駅に到着する。
2007年、この貴志駅が注目を浴びた。駅長に三毛猫の"たま"を迎えたのだ。未だに人気の衰えない貴志川線であるが、実は2005年に一度は廃止が決定していたのである。
今回は、地方鉄道再生の在り方の1つを示した、貴志川線の未来に向かう「産・官・民」の取り組みを紹介する。

就任劇は突然に

駅長は猫である。名前は"たま"。
"たま"との出会いは、"運命"というほかないだろう。2006年4月1日、経営難の貴志川線を南海電気鉄道株式会社(以下、南海電鉄)から引き継いだ和歌山電鐵株式会社(以下、和歌山電鐵)開業の日、その"事件"は起こった。貴志駅に隣接する売店で飼われていた"たま"の小屋が公道上にあったため、役所から撤去を命じられたのだ。困った売店の店主は、貴志駅での開業セレモニーを終えた和歌山電鐵の小嶋社長(両備グループ代表兼CEO)に、駅舎に"たま"を住まわせてくれるよう直談判した。頼まれるがまま "たま"と初対面した小嶋社長は、その瞬間"たま"の駅長姿が目に浮かんだと言う。そして9ヵ月後、"たま"は民間鉄道初の猫駅長に就任した。
"たま駅長"は一躍注目を浴び、全国から貴志駅までやってくる観光客が急増し、今では海外からの観光客も年間2万人を超えるそうだ。年俸7万円の"たま駅長"は、就任後の1年間だけで和歌山県に約11億円という絶大な経済効果をもたらすとともに、和歌山県の魅力を世界に発信した。それらの功績が称えられ、2008年10月には「和歌山県勲功爵」、2011年1月には「和歌山県観光まねき大明神」の称号が、和歌山県知事から贈られた。

貴志川線の歩み

和歌山電鐵貴志川線は、前身となる山東軽便鉄道の開業(1916年(大正5))から98年の歴史を持ち、沿線に田園風景の広がる典型的なローカル路線である。各駅停車の2両編成のワンマン列車が、和歌山駅と貴志駅間14.3㎞を約30分で結んでいる。
古来、和歌山には3つの神社に詣でる「三社参り」という風習があり、日前宮にちぜんぐう日前ひのくま神宮・國懸くにかかす神宮)、竈山かまやま神社、伊太祁曽いたきそ神社に詣でる人が多かった。これらの神社を結ぶために、山東軽便鉄道が敷設されたと言われている。

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その後社名の改称や合併を繰り返し、1961年には南海電鉄貴志川線となり、1974年度には年間利用者数が約361万人に達するなど、貴志川線は多くの人に長く親しまれてきた。しかし、やがてモータリゼーションの進展とともに路線と並行する幹線道路の整備・拡張が進み、加えて少子高齢化により定期利用客も減少し、利用者数は年々減少の一途をたどった。このため、駅の無人化やワンマン運転への変更など徹底した合理化を進めたものの経営状態は厳しく、2003年に南海電鉄は貴志川線の廃止検討を発表し、2004年には正式に廃止の届出 を提出した。
本来であれば2005年9月末日をもって鉄道としての使命を終えることになっていたところ、沿線住民の存続運動が実を結び、岡山県を中心にバスや電車、タクシーといった運輸・観光事業を手掛ける両備グループで軌道事業を担う、岡山電気軌道株式会社(以下、岡山電気軌道)を母体に持つ和歌山電鐵へと運営が引き継がれることとなった。
そして2006年4月1日、南海電鉄貴志川線は和歌山電鐵貴志川線として再出発を果たしたのである。

地方鉄道の憂鬱

人口減少やモータリゼーションの進展による利用者数の減少は、地方鉄道における共通の問題である。しかしながら地域の足として公的な役割を担っているため、赤字路線を抱えたまま運営が続けられることも少なくない。
また、2000年3月の鉄道事業法改正により、鉄道事業への新規参入は免許制から許可制に、休廃止は許可制から届出制に変更された。これにより鉄道事業への参入が自由になる一方、休廃止も届出さえすれば可能となった。この改正をひとつの契機として、過疎地域や地方都市にある経営難の鉄道廃止が相次ぐこととなった。存続か廃止か、現在でもその狭間で揺れている鉄道は少なくないだろう。貴志川線の置かれた状況も、まさにそのものであった。
公共交通とは、利用者の多少にかかわらず、車を運転できない交通弱者のために社会が備えていなくてはならない移動手段である。現在はマイカーのおかげで移動に支障がない人でも、年を取り運転できなくなる時が確実に来る。その時に必要となるのが公共交通なのだ。
ところが、現時点において移動手段を確保できている人達は、その必要性を認識していないように思われる。つまり将来自らが交通弱者になる可能性を忘れている、もしくは気づいていないのだ。これこそが地方の公共交通を衰退させている一因なのかもしれない。

貴志川線のユニークな取り組み

和歌山電鐵貴志川線として再出発を果たして以降、貴志川線ではさまざまな取り組みが行われている。
2006年には地元の特産品であるいちごをモチーフにデザインされた「いちご電車」がお披露目され、2007年には最も注目を集めた"たま駅長"の就任、またカラフルな車内に、おもちゃのショーウィンドーや世界で唯一となるカプセルトイを設置した「おもちゃ電車」が運転を開始した。さらに2009年からは"たま駅長"の絵が車両に描かれ、猫をモチーフにした座席などが人気の「たま電車」が運行されている。そして2012年には伊太祈曽駅長兼貴志駅長代行として、"たま駅長"と同じ三毛猫の"ニタマ"も登場した。
ほかにも、貴志駅や伊太祈曽駅では「"たま"グッズ」(ぬいぐるみ、文房具、お菓子等)を販売し、貴志駅の「"たま"カフェ」では、「"たま"メニュー」が提供されるなど、"たま駅長"人気にしっかりとあやかっている。

成功の鍵は“産・官・民”連携

ユニークな取り組みに目を奪われがちだが、貴志川線再生の鍵は、「産」(和歌山電鐡や地元商工団体)、「官」(行政機関)、「民」(沿線住民)による、地域一体の活動にある。
南海電鉄による貴志川線の廃止検討が表面化してしばらくは、沿線住民の貴志川線存続に対する取組姿勢はまちまちであった。それが2004年のテレビ取材をきっかけに1つになった。沿線住民を中心に「貴志川線の未来を"つくる"会」(以下、つくる会)が結成され、6,000人を超える会員が「乗って残そう貴志川線」のスローガンのもと本格的な存続運動を開始したのである。
さらに和歌山県、和歌山市、旧貴志川町(現・紀の川市)も存続運動に積極的に協力し、2005年には貴志川線を引継ぐ民間事業者の公募を実施した。
そのような中、手を差しのべたのが岡山県に本拠を置く両備グループだった。同グループが提示した貴志川線の再建案の骨子は、①スキームは「公有民営」、②運営会社は第三セクターではなく100%単独出資、③「運営委員会」をつくり利用促進に取り組むこと、の3つであった。
再建案に従い、貴志川線の鉄道用地は、和歌山県が全額補助し、和歌山市と旧貴志川町が2億3,000万円で南海電鉄から購入することになった。そして、運営会社として両備グループ傘下の岡山電気軌道が和歌山電鐡を設立し、鉄道用地を無償で借り受ける形で、「公有民営」の仕組みを構築した。
また、サービス改善策や利用促進策について協議・調整する「運営委員会」は、行政機関や地元商工団体、沿線学校の教員・保護者・生徒の代表、つくる会など実際に貴志川線を利用し、存続運動に取り組んだメンバーで構成した。
ユニークな取り組みと再建案の着実な実行、きめ細かい営業活動やイベントなどが奏功し、和歌山電鐵として継承する前の2005年度に190万人台まで減少していた年間利用者数は、210万人を超えるまでに回復している。
さらに和歌山電鐵では、補助金に頼らない自立運営を目指し、年間利用者数250万人を目標に「チャレンジ250万人祈念『あと4回きっぷ』」を発売するなど、30万人強の利用者数上乗せに取り組んでいる。行政機関も、駐車場・駐輪場の整備や貴志川線を活用した街づくりの後押し、広報やチラシの作成による情報提供や利用啓蒙活動のサポートを通して、利用者数増加に貢献している。
行政機関のバックアップを受けて、沿線住民と和歌山電鐵がさまざまな楽しい企画を作成・実行することが、利用者数の増加につながり、また新たな企画に挑戦するという好循環を生み出している。「産・官・民」の素晴らしいチームワークが、鉄道の再生のみならず地域活性化にも繋がっていると言えるだろう。

「いちご電車」

「いちご電車」

和歌山電鐵貴志川線モデルの可能性

地方公共交通を議論する際、よく地域協議会や交通政策の会議が設けられる。しかし、そうした会議のメンバーは、得てして日常生活で公共交通をほとんど利用していないことが多い。地方鉄道の利用促進策が実態にそぐわないものになりがちなのも、利用していない人たちだけで考えてしまうからだとも言われている。その点、和歌山電鐵においては、運営に関する各種施策の協議・調整を任せる「運営委員会」が利用者を中心に構成されていることが、成果に結びついている要因と言えるだろう。
両備グループの小嶋代表兼CEOは言う。「再生に向けた取り組みは、利用者が中心となって考えること、そしてその取り組みを楽しめることが重要なのだ」と。確かに、「いちご電車」「おもちゃ電車」「たま電車」について言えば、通勤通学用の車両にこれだけの楽しさを詰め込んだ電車は珍しいだろう。
2007年、和歌山電鐵による貴志川線の再生を成功事例の1つとして、「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」が成立し、地方鉄道の「公有民営」が法制化された。また2013年11月には、公共交通に関する基本理念などをまとめた「交通政策基本法」が成立した。
今後の公共交通の在り方は、公共と名のつく以上、道路と同じと考えるべきだろう。鉄道も、マイカーやバスと同じ「交通」の一方式であるにもかかわらず、道路整備は「公」が行い、線路整備は「民」が行っているのは、整合性を欠いているとも言える。つまり今後は「公有民営」から「公設民営」へ発展することで、老朽化した線路をはじめとする設備更新などの鉄道事業者の負担も軽減され、地方鉄道再生の足掛かりとなることが期待される。

おもちゃが車内に並ぶ「おもちゃ電車」

おもちゃが車内に並ぶ「おもちゃ電車」

地方公共交通の持続性確保のために

貴志川線は、今や持続可能な地域づくりに貢献する「宝」とも言うべき存在である。沿線住民がその社会的な価値を認識し、存続・活性化に向けて自ら先頭に立って積極的に行動し、行政機関がさまざまな支援を行い、鉄道事業者が創意工夫あふれる取り組みで応えたからこそ、貴志川線は地方鉄道再生の成功モデルとの評価を受けるに至ったのだろう。
貴志川線をはじめ地方公共交通を取り巻く社会経済情勢は、今後も確実に変化していく。地方公共交通が末永く存続できるか否かは、公共交通を活用した地域づくりを、関係者すべてが地域の「宝」とふるさとを守る活動として捉え、自らの責任で進めていくという強い当事者意識を持っているか否かに掛かっている。
ちなみに、昨年14歳になり人間でいえば古希を迎えた"たま駅長"は、現在和歌山電鐵ナンバー2である社長代理にまで昇進している。これからも元気な姿で、貴志川線と周辺地域の持続的発展のために頑張ってもらいたいものだ。

(宮内 雅史)

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