おかげさまで30周年。私たちは活力ある地域づくりをサポートします。

愛媛の島

大島(新居浜市)

2013.03.01 愛媛の島

画像:大島

シリーズ第2回は、新居浜市唯一の離島で、黒島港から沖あい約1.2km北東にある大島(通称「新居大島」)を紹介する。

 

伊予水軍の祖・村上義弘 生誕の地

大島は、海上交通の要衝であったため、伊予水軍の拠点の1つとされた。また、伊予水軍の初代頭領である、村上義弘生誕の地とも言われている。
島の南側には、義弘によって南北朝時代に築城された本丸跡や二之丸跡などがある。ほかにも、軍船を隠すための「舟かくし」や義弘の生家とされる旧庄屋邸など、水軍にまつわる遺構も多い。さらに、仲間に信号を送った「帆立て」、のろしをあげた「明火あけび」など、当時をしのばせる地名も島内のいたるところに残っている。

画像:舟かくし

舟かくし

 

「金島」と呼ばれた島

大島には、古くから語り継がれている舟唄がある。
天満出てから仏崎見れば島が見えます金島かねじま
近世になると、西条藩に属する大島では、朱印船による交易が盛んになった。大島港は、港内の水深が深いため、風待ち・潮待ちの船の寄港が多く、黒島とともに西条藩内でも有数の繁栄を見せたという。島民は、千石船を30隻以上持ち、長崎-堺間の交易のほか、西廻りで蝦夷地えぞち松前まつまえから択捉えとろふ・ウルップまで、往荷は織物、綿糸などを運び、帰りは魚肥を積んで戻ったそうだ。西条藩のなかでも圧倒的な財力を誇り、他所から見たその繁栄ぶりは「金島かねじま」とうたわれるほどであった。
大島では、江戸期から、当時としては高価な屋根瓦が使われたという。今でも立派な家が多く、往時の繁栄ぶりがうかがえる。また、廻船の寄港地として栄えた名残りか、島の南端には2つの寺(願行寺、吉祥寺)がある。

※天満、仏崎…大島と対岸の、四国中央市土居町にある地名。

 

島の伝説 願行寺「幽霊の片袖」

島には代々語り継がれている伝説がいくつかある。その1つが、願行寺がんぎょうじに伝わる「幽霊の片袖」だ。住職の長崎信亨しんきょう氏が、快く幽霊の姿の掛け軸と、「幽霊之片袖由来記」と呼ばれる巻物を見せてくださった。
「幽霊の片袖」伝説を簡単にご紹介しよう。”幼い愛娘を残して先立った母が、継母にいじめられる我が子を不びんに思い、幽霊となって現れ、形見に着物の片袖を置いていった。母は娘に願行寺の尼となるよう言い残し、娘は言いつけを守って尼となり、母の菩提を弔った”という話である。願行寺に伝わった経緯などは不明だが、親や先祖をきちんと供養しなさい、という教訓譚だそうだ。
市内で唯一の浄土宗の寺である願行寺には、ほかにも、1250年頃の慶派の作とされる阿弥陀如来(本尊)がある。京の戦乱を避けて仏像を背負い逃げ延びた僧が、願行寺に安置したと言い伝えられている。

 

荘厳にしてはかない「とうどおくり」

島には、平安時代から脈々と受け継がれている伝統のまつりがある。市の無形文化財に指定されている「とうどおくり」だ。毎年成人の日、早朝6時から行われるまつりのために、臨時の渡海船が出る。
とうどおくりは、正月飾りの門松やすすはらい竹、注連縄しめなわなどを集めて、竹で組んだ高さ12m程の「とうど」(別名「左儀長さぎちょう」)を作り、「蓬莱山ほうらいさん左儀長」と書かれた大のぼりを中心に、数十本の小幟を付けて燃やす火祭りである。子孫の健やかな成長と無病息災を願って行われる。
島には5つの地区があり、地区ごとに1基ずつ計5基のとうどが作られる。とうどおくりの指揮を執る、大島公民館長で大島八幡神社宮司の矢野秀綱氏は、「もともと人数が少なかったうえに、高齢化により、数年前にはとうどを作れなくなる地区がでてきた。そこで、島外のボーイスカウトに呼びかけて、参加できない地区のとうどを、公民館のとうどとして復活させた。とうどおくりは、若者にとって地域の文化を知る良い機会」と言う。
この「とうどおくり」は、古くは男の子のまつりとされてきた。子どもたちは、学年によって4つの階級(水汲み、新入り、大将、喰い抜け)に分けられ、それぞれ役割を担う。まつりの前日、子どもたちは、築之町つきのちょうにある毘沙門びしゃもん堂の囲炉裏を囲んで、島の古老から昔話を聴く習わしがある。その後は、公民館で雑魚寝し、明け方に起き出してまつりの準備にとりかかる。こうした経験は、子どもたちにとって心に残る財産となるだろう。
当日は、島内外から大勢の見物客が訪れる。数年前から開催されている「とうどおくり写真コンテスト」の効果もあってか、昨年は200人もの見物客が訪れたと言う。また会場では、お接待のぜんざいが振舞われるほか、Iターン移住者のジャック・マニャンさん(スイス出身)が焼くスイス風のパンなどの出店もあるそうだ。
一瞬にして暁の空に燃えあがり崩れ落ちる「とうど」。その荘厳にしてはかない姿が、人々を魅了するのだろう。

 

幻の”白いも(七福芋)”が採れる島

大島では、主要産業である農業、漁業ともに低迷するなかで、地域活性化に向けて様々な事業に挑戦してきた。その1つが、白いもの栽培である。
白いもは、「七福芋」とも呼ばれる島在来のサツマイモである。糖度が高くおいしいと評判だが、収穫量が少なく希少価値が高いため、“幻のイモ”と称される。菓子や芋焼酎などに加工され、地元だけでなく東京のデパートやインターネットなどでも販売されている。白いもを使った芋焼酎「あんぶん」や地元の高校生と共同で開発されたスイーツ「キャラもっち」など、話題の商品も生まれている。
白いも作りは、潮風と日当たり、水はけが肝心だそうで、栽培に適した土壌の畑が多くないにもかかわらず、連作障害が出るため畑を替えなければならない。さらに、天候にも左右されやすい。幻のイモは一筋縄では栽培できないため、大島でしか作れない味になるのだそうだ。
島の白いも農家で構成されるJA白いも部会の会長・白石やすよし(やすよし)氏によると、「部会に属しているのは30軒程度で、ほとんどが75歳以上。1~1.5反程度の畑で作る人が多く、広くても5反くらい」とのこと。細々と手塩にかけて作り続けられてきたことがうかがえる。今後については、「高齢化に伴う耕作放棄地の増加によって収穫量が減少したり、害獣の被害に悩まされたりするなど課題は多いが、いかに付加価値を高め、若手中心に存続させていくか、皆で考えていきたい」とのことであった。
現在、新たな付加価値をつけた商品の開発など、課題解決に向けて取り組んでいると言う。

画像:白いも

 

島の生活

大島へは新居浜黒島港から市営の渡海船で片道15分、運賃は大人片道60円(小人30円)という安さだ。
渡海船の船着場がある島の南側に、集落や診療所、郵便局といった生活機能が集中している。北側の和井田海岸周辺は、かつては海の家が立ち並び、レジャーに訪れる人も多かったそうだが、現在の大島は、観光・レジャーよりも生活の場としての色合いが強い島だ。

画像:2隻の渡海船「くろしま」「おおしま7」

2隻の渡海船「くろしま」「おおしま7」

 

島の課題

ピーク時に2,000人ほどいたと言う人口は、平成22年の国勢調査では257人にまで減少している。また、65歳以上の高齢者は6割を超えるそうだ。大島でも、人口減少と高齢化は大きな問題だ。
現在、島の子どもは小学生1人、中学生2人、高校生1人、未就学児童2人。島の小学校は児童の減少に伴って休校となり、子どもたちは定期船で対岸の学校へ通っている。また、島には飲食店や品揃えの充分なスーパーが無いため、「買い物弱者」となっている住民が多い。地震や津波といった自然災害が発生した場合には、住民の避難や食糧確保も課題となる。
しかし、人口減少を食い止める有効な対策を講じられていないのが現状だ。
そうしたなか、子どもたちに島の生活を体験してもらおうと、平成20年から「異年齢体験交流キャンプ」がスタートした。島内外から子どもたちを集め、米と飯ごう、マッチだけを与えて、あとは自分たちで考えさせる方式だ。「“生きる力”を養ってもらいたい、心に残る体験を通して大島に愛着を持ち、また訪れてくれたら嬉しい」との思いで、大島公民館の矢野館長が企画したそうだ。年々、参加者は増加しており、子どもたちだけでなく、その成長を見守る島民にとっても楽しみなイベントとなっている。

 

島の楽しみ方

大島港近くの古民家にレンタサイクル・ステーションがある。新居浜市のまちおこし市民グループ「元気!プロジェクト」が、大島の魅力を知ってもらおうと、島内をサイクリングで巡ってもらう活動を続けており、その拠点として昨年5月に開設した。手作りの地図を配ったり、寺や海岸、公園などのスポットを紹介する写真を展示したりして、情報発信に力を入れている。
1日300円で、のんびり島を巡ることができるのでおすすめだ。また、昨年2月からは毎月1回、島内を半日かけてゆっくりと回るサイクリングのイベントも開催されている。

画像:島の風景

島の風景

季節の移り変わりととともに、道沿いの斜面に広がる白いも畑が様々な彩りを見せる大島。潮風のなか、人情と歴史ロマン、手つかずの自然を肌で感じながら、時間を忘れて気ままな旅はいかがだろうか。

(森 夕紀)

参考文献
「SIMADAS(シマダス)」財)日本離島センター

大島データ

画像:地図

住所新居浜市
人口257人(平成22年国勢調査)
面積2.13km2
アクセス渡海船黒島港⇔大島港
運賃(片道)大人60円、小人30円
観光情報新居浜市大島の毘沙門天・吉祥寺のHP
http://www.dokidoki.ne.jp/home2/kisyoji/
※願行寺「幽霊の片袖」の見学は、1週間前までに
電話予約のこと。

※文中の「蓬莱」、正しくは画像:漢字表記と表記します。

ページTOPへ
Copyright©IYOGIN REGIONAL ECONOMY RESEARCH CENTER,INC.ALL Right Reserved.