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愛媛の登録有形文化財

愛媛蚕種(八幡浜市保内町川之石)

2010.05.01 愛媛の登録有形文化財

「愛媛の登録有形文化財」の第2回目は、産業の近代化を物語る建造物として八幡浜市の「愛媛蚕種さんしゅ」と「梅美人酒造」を紹介する。
 愛媛蚕種の創業は、明治17(1884)年。現在、西日本で唯一、蚕種を製造・販売する会社である。

蚕種とは、蚕(カイコ)の卵のことである。蚕種業者は、蛾に産卵させた卵を冷蔵保管し、随時温度を与え人工孵化ふかさせてから、養蚕農家に販売している。  かつて、生糸は日本の代表的な輸出製品であった。その生糸原料をつくる養蚕業は、全盛期の昭和初期には、全国の農家の約4割にあたる220万戸が従事していた。蚕種業者も数多く存在していたが、現在、県内では愛媛蚕種1社だけになり、全国でも4社しか残っていない。

創業者である兵頭寅一郎は、「ふもと屋」の屋号で呉服商を営んでいた。明治13(1880)年、県下で初めて設立された宇和島養蚕伝習所に娘を入所させ、その後、蚕の飼育・種付けを修得した娘とともに蚕種製造に着手し、「日進館」の屋号で蚕種業を始めた。合資会社、株式会社への改組、戦時統制を経て、終戦後の昭和21(1946)年、兵頭利雄ら22名が発起人となり愛媛蚕種株式会社が設立された。
 愛媛蚕種の敷地は、傾斜地にある。奥行きのある敷地内には、多くの施設が建てられている。有形文化財に登録された事務所と第1、第2蚕室のほか、全部で7棟の蚕室があり、事業の発展とともに、施設が次々と拡張された様子がよくわかり、活況を呈していた当時の姿が思い起こされる。

画像:第1蚕室(中庭側)

第1蚕室(中庭側)

明治後期の建築とされる事務室の正面玄関と両側の窓には、洋風建築の外観意匠である三角形のペディメント(ひさし)が施されている。中に入ると、広い土間ホールには蚕の展示物や蚕種業を紹介するコーナーが設けられており、そこを抜けると、中庭を挟んで左右に蚕室が並んでいる。
 第1蚕室は3階建、レンガ造りの防火壁を挟んで、続く第2蚕室は2階建、傾斜する敷地の高低差に合わせて、大正8(1919)年に建てられた。
 第1蚕室、第2蚕室の中庭側は、全面が開閉可能なガラス扉の、通風が良い設計になっている。「蚕は風で飼え」という言葉があるくらい、通風は、蚕の成長(食欲)を促進させ病気を防ぐ重要な要素であり、それを意識した設計にしている。また、各室の左右にある蚕棚は、組み立て、解体が容易に行えるように、棚や枠の大きさ、寸法が標準化されている。創業時から熱心に蚕の研究に取り組み、技術改良を重ねた結果が、建物の構造、機能にも反映され、「機能美」とも言うべき姿になって現れている。
 愛媛蚕種は、愛媛を舞台にした木村佳乃さん主演の映画「船を降りたら彼女の島」のロケにも使われた。監督の磯村一路氏が、映画「がんばっていきまっしょい」の撮影の合間にここを訪れた際、魅力を感じ、ロケ地として選んだそうだ。訪れた人に、何かを語りかけるような不思議な魅力が、ここにはあるのだろう。

(石川 良二)

犬伏武彦EYE

愛媛蚕種(旧日進館)の建物の素晴らしさは、現役の建物として、現在も蚕種製造に使われていることである。さまざまな機能に従って建物や施設が地形に合わせて配置されており、近代日本を発展させた製糸業の川上に位置する蚕種製造の過程を見ることができる。生き物である蛾に卵を産ませ、保存し、養蚕農家に出荷する蚕種製造の不思議さを目の当たりにすると、これはまさしく天が人間に与えてくれた「お蚕さま」だと強く思わされる。大正10年代には、県内に55,000戸の養蚕農家があり、愛媛は、西日本一の養蚕県であった。

(松山東雲短期大学 生活科学科生活デザイン専攻 特任教授)

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