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西日本レポート

【広島県尾道市】映画・文学・歴史が色付くまち、この景観を後世に ~尾道市の景観施策と具体的取り組み~

2009.08.01 西日本レポート

映画・文学・歴史が色付くまち、この景観を後世に ~尾道市の景観施策と具体的取り組み~

千光寺山から見た尾道市

千光寺山から見た尾道市

開通10周年を迎えたしまなみ海道。その本州側の玄関口となる尾道は、映画のまち、文学のまち、坂のまち…という数多くの呼び名が示すように、様々な魅力にあふれている。今回は、尾道市の現状と景観保護への取り組みを中心に紹介したい。

多くの寺院が点在するまち

尾道は瀬戸内海に面し、古くから多くの船が行き交う貿易港として栄えてきた。その中で財 を成した豪商たちは、競い合うように寺社仏閣への寄進造営を行い、江戸時代には寺社仏閣の数が80以上もあったと言われている。現在は、そのうち4件が国宝、55件が国指定重要文化財になっている。
広く知られているのは、“赤堂”と呼ばれる朱塗りの本堂を持つ千光寺で、尾道のシンボル的存在である。尾道三山の1つ、千光寺山の中腹にあり、そこから市内が一望できるため、観光客の人気も高い。

全てがロケセットになるまち

尾道は戦争による被害を受けておらず、古くからの街並みが今も残っている。多くの文豪がその風景に魅了され、志賀直哉は東京から移り住んで、「暗夜行路」の草稿を書いたと言われている。ほかに、林芙美子も代表作「放浪記」 の一節で尾道の景色を描いている。
また、映画やドラマの舞台としても人気がある。初めてロケが行われた1928(昭和3)年以降、尾道では150本以上の映像作品の撮影が行われてきた。古くは小津安二郎の「東京物語」や、最近では「男たちの大和/YAMATO」など、有名な作品も多い。
特に、同市出身の映画監督である大林宣彦の“尾道三部作”(「転校生」・「時をかける少女」・「さびしんぼう」)や“新・尾道三部作”(「あした」・「ふたり」・「あの、夏の日」)はよく知られており、それら尾道ゆかりの作品に関する資料は「おのみち映画資料館」に展示されている。

おのみち映画資料館(尾道市提供)

おのみち映画資料館(尾道市提供)

フィルム・コミッションの立ち上げ

映像作品のロケ誘致活動は、全国的な広がりをみせており、今では多くの自治体が積極的に取り組んでいる。
1つの作品にはキャストやスタッフなど、多くの人が関わっており、ロケともなれば長期間滞在することになる。そのため、食事代や宿泊費など、一連の消費が地域に与える経済効果は小さくない。
また放映後は、作品の世界に触れたいとロケ地を訪ねる人も多い。地元の人にとって見慣れた場所であっても、ロケ地ということで新たな観光名所となるケースもよくある。長期的にみれば、観光客の増加も期待できるというわけだ。

しまなみ海道でのロケ風景(尾道市提供)

しまなみ海道でのロケ風景(尾道市提供)

尾道では市の観光課を中心に誘致活動を進めてきたが、2003年、新たな活動母体として「おのみちフィルム・コミッション」を立ち上げた。ワンストップ窓口を作ることで、制作会社などにきめ細かいサービスを提供できるほか、情報発信もしやすい環境となった。
現在は、年間80~90件の問い合わせがあり、そのうち50~60件が撮影に結びついている。最近は海外からの問い合わせもあり、誘致対象は日本だけにとどまらなくなったため、今後は、世界に向けても情報発信したいと考えているそうだ。

市唯一の映画館、復活へ

その一方で、2001年に尾道で唯一の映画館が閉館となり、“映画のまち”と言われながらも、街には映画館がないというジレンマを抱えていた。そこで2004年、市民有志による「尾道に映画館をつくる会」が設立され、映画館再建を目指しての活動が始まった。
2ヵ月に一度、地元商店街や公共施設での上映会を行うなどの取り組みを続けながら、市民に協力を呼びかけた。そして、2008年10月、ついに「シネマ尾道」として再オープンすることとなった。今は、地元のベーカリーに依頼して作品をイメージしたパンを販売してもらうなど、さらに地域に根ざした映画館とな ることを目指している。

マンション建設計画に揺れるまち

バブル期真っ只中の1990年、昔と変わらず風情ある佇まいを見せていた尾道に、突如マンション建設計画が浮上した。建設予定地が、国宝を含む多くの文化財が現存する、浄土寺西南の国道沿いであったため、地元住民は「尾道らしい風景が損なわれる」と反対運動を起こした。
併せて、市内・首都圏で募金活動を敢行し、集まった3億5千万円で建設予定地を買い取り、1999年、尾道白樺美術館を開館した。2007年に一旦閉館したものの、今は尾道大学の付属施設として活用されている。

新たな計画案の浮上

こうした住民運動をきっかけに、1993年、市は「景観形成指導要綱」を制定した。具体 的には、重点地区に指定した尾道駅周辺を含む市街地に、3階以上、もしくは高さ10メートル以上の建物を新築・改築する場合は届出を必要とし、これに違反 した場合は指導対象とした。しかし、是正命令や罰則の適用といった強制力はなく、その点で力不足は否めなかった。
そういった中、2005年4月、JR尾道駅東側に新たなマンション建設計画が持ち上がった。これには、2万3千人を超える市民から反対の要望書が出され、行政側も景観保全に致命的な影響を与えると判断、建設を認めない姿勢を貫いた。
最終的には、市が5億4千万円で建設予定地を買い取り、今年6月から「しまなみサクラ公園」として市民に開放されている。

市独自の条例制定へ

官民あげて景観保護に取り組んできたものの、合法的に建築行為を申請された場合、これまでの任意の景観条例等では拒むことができず、より実効性のある新たなルールが必要だということが、改めて浮き彫りとなった。
そこで、2005年6月に全面施行された景観法を活用し、建物の高さ制限に有効な「景観地区に関する都市計画」や「景観条例」、「景観計画」、「屋外広告 物条例」を市独自に定めた。これら4点セットでの運用は全国的にも珍しく、先進事例として他自治体からの視察も相次いでいるそうだ。
中でも「屋 外広告物条例」は、尾道の景観行政に適した条例とするため、広島県から権限を移譲してもらい、2007年から市独自の条例とした。具体的には、景観地区内 に屋上広告物の新設を禁止したり、看板の彩度規定などを設けたりするなど、県条例よりもさらに厳格化した内容とした。
また、独自に要綱を定め、屋上広告物の新設を禁止するだけでなく、既存のものを撤去する場合に費用を補助するといった、一歩踏み込んだ取り組みも打ち出している。

市民の理解を得るために

しかし、条例制定当時は、全ての市民が景観保護に対して関心を持っていたわけではなく、市民意識の向上は、長らくの課題となっていた。

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「尾道景観夜の学校」の様子(尾道市提供)

そこで尾道市は、市民に当事者意識を持ってもらうため、景観計画策定時の会議を全て公開 することにした。加えて、「尾道景観夜の学校」を開催し、その場で市の方針を説明するとともに、市民の質問にも回答するなど、対話形式の活動を粘り強く続 けた。その成果もあり、条例等の策定については、概ね市民の理解と賛同を得ることができた。

観光地としての尾道の魅力

1999年のしまなみ海道開通によって、尾道は本州と四国の結節点として、観光や商業面で重要な拠点となった。
尾道は細く入り組んだ道や坂が多く、車や自転車よりも歩いて回ることに適している。街歩きの魅力をより多くの人に知ってもらおうと、尾道観光協会では5年 前から「てくてくスタンプラリー」を始めた。参加者には、集めたスタンプの数に応じて、抽選で尾道ラーメンやホテルの宿泊券などがプレゼントされる。ま た、1冊300円のスタンプ帳には、各施設や飲食店の割引クーポンが付いており、お得感も味わえる仕掛けになっている。半年の期間中に毎年3,000人以 上が利用しており、人気は高いようだ。
また、市が中心となって、ゆっくりと町歩きを楽しめるコース「ぷらっと尾道」を設定。「尾道通におすすめ “井戸めぐり”コース」など、バラエティに富んだ合計10コースが作られた。有名な観光地だけでなく、地元の人しか知らないスポットを巡ってもらうこと で、一味違う楽しみ方を提案し、リピーターの確保に努めている。

しまなみ海道の魅力

しまなみ海道ならではの魅力は、自転車で橋を渡れるということである。
開通 10周年を迎えた今年、尾道市と今治市の観光協会が連携して、5月から「開通10周年記念しまなみ海道銀輪スタンプラリー」を実施している。自転車愛好家 はもちろん、幅広い世代の人に気軽に自転車走行を楽しんでもらい、多島美、潮風を肌で感じてもらうことが狙いである。
さらに、10月17~18日には、「CYCLEMODEしまなみアイランドライド2009」が実施される予定である。大々的なサイクリングイベントを市が主催するのは初の試みで、全国から1,000人の参加者が見込まれている。

サイクリングを楽しむ人々

サイクリングを楽しむ人々

サイクリングによる地域活性化の機運が高まりつつある尾道市。向島や因島、生口島の自転車道整備という課題も解決に向けた一歩を踏み出しつつあり、今回の開通10周年を機に、10年先、20年先を見据えた取り組みが期待されている。

おわりに

都市開発の流れの中で、昔と変わらない景色が残る尾道市。その姿は、市や地域住民の懸命な取り組みによって維持されているのではないだろうか。
今あるものを残すことは、簡単なようで一番難しいのかもしれない。市民が一体となって、その難題に立ち向かう尾道市の今後に注目したい。

(河野 静香)

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