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西日本レポート

【福岡県北九州市】モノづくりの技術を次代へ継承 ~北九州イノベーションギャラリー~

2008.10.01 西日本レポート

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手前が北九州イノベーションギャラリー、後方は東田第一高炉史跡

手前が北九州イノベーションギャラリー、後方は東田第一高炉史跡

0810_02 北九州市には、多くのモノづくり企業が集積している。そのモノづくりの技術を次世代に受 け継ごうと、2007年4月に「北九州イノベーションギャラリー」(正式名称:「北九州産業技術保存継承センター」)がオープンした。今回はこのギャラ リーと産業集積を活かした産業観光に力を入れる北九州市の取り組みをレポートする。

モノづくりのまち北九州の成り立ち

北九州市では、八幡製鉄所の操業とともに、鉄鋼関連の加工工場が次々と生まれ、素材産業 を中心とした工業地帯の躍進が始まった。1914年にはじまった第1次世界大戦は、北九州の工業や海運業を飛躍的に発展させ、1935年には全国の工業製 品出荷額の10%を占めるに至った。第2次世界大戦後は国力の復興とともに、モノづくりのまちとして日本の高度成長を支えてきたが、エネルギー革命や円高 不況などの影響を受け、次第にかつての隆盛を失っていった。その後は、蓄積された技術や人材などの産業基盤を活かし、素材型産業から付加価値の高い加工組 立型産業への転換が進んでいる。水回り製品のTOTOや産業用ロボットで有名な安川電機も北九州市を拠点に大きく成長した企業である。また、九州北部に は、トヨタ、日産、ダイハツなど大手自動車メーカーが進出し、自動車の一大生産拠点となっている。

施設の概要、見どころ

北九州イノベーションギャラリーは、同市のモノづくり技術の保存と伝承を目的とした、全 国でも類を見ないユニークな施設である。初代館長に就任した酒井英孝氏は、八幡製鉄所に30年間勤めた生粋の鉄鋼マンで、「産業都市のモノづくりの技術を 次の世代に伝えたい」と意気込む。
施設は、1851年から現代までの技術革新に関する歴史を巨大な年表と映像で解説する「年表のギャラリー」、イノベーションとデザインをテーマとした企画展を開催する「企画展示ギャラリー」、地元企業の社史や産業技術とデザインに関する書籍が約2万冊もある「ライブラリー」、実際に工作機械を使って金属加工などが体験できる「工房」などから構成されている。このほか企業や大学、研究機関などと連携しながら技術を生み出したり、人材を育成したりする研究施設、発表の場としての機能も持つ。

年表のギャラリー

年表のギャラリー

このうち「年表のギャラリー」は、唯一の常設展示のコーナーで、約160年間の「イノ ベーション」の状況がわかるグラフィック年表を展示している。壁一面に約2,500項目に及ぶ出来事が、地域(北九州、日本、世界)や産業分野ごとに色分 けされて、年代順に並べられ、わかりやすく展示されている。

テーマはイノベーション

もう1つの見どころは、年4回程度実施される企画展示である。これまでに八幡製鉄所の 「鉄」、TOTOの「水回り製品」、安川電機の「ロボット」など、地元の産業をテーマとして取り上げている。酒井館長によると、「イノベーション」という テーマのもと、限られた予算の中で、できるだけ多くの来場者を呼び込む企画展のアイデアを出すのに、いつもスタッフ全員で頭を悩ませているそうだ。このた め、当ギャラリーを運営する(財)北九州活性化協議会に加盟している地元企業の協力が欠かせないとのことである。

モノづくりに関する教育に注力

当ギャラリーでは教育普及にも力を入れている。各種セミナーや技能講習などを開催し、モ ノづくりのレベルアップと技能・技術の伝承に努めている。具体的には、ギャラリー内の工房で、北九州マイスターと呼ばれる一流の技能者を講師とする「工房 塾」という講座を定期的に開き、若手技術者などに技術指導を行っている。また、夏休みには「親子工作教室」を開催、親子で文鎮製作などのモノづくりを楽し んだりもする。子供よりも親の方が真剣になることも多いらしい。
また、地元企業の技術者を講師に迎え、市内の工業高校生らを対象とした「ものづ くり講座」を開催している。最近は、ギャラリーに来てもらうだけでなく、出前講座も始めたとのことである。酒井館長は最近の大学生の理科離れを憂いてお り、「小さいころからモノづくりの現場に接し、関心を持ってもらうことが重要で、その役割を担うのが当施設である」との言葉に強い使命感が感じられた。

九州の近代製鉄発祥の地“東田”

ギャラリーは、北九州市の重要文化財となっている東田第一高炉史跡に隣接している。この エリアは、1901年に官営八幡製鉄所が、日本で初めて鉄鋼一貫生産工場として操業を開始した場所で、モノづくりのまち「北九州市」にとって象徴的な場所 である。当時この地に製鉄所が開業した背景には、軍事防衛上の拠点であったことや、炭鉱が近くにあったことなどがある。現在、このエリアは史跡広場として 整備され、高炉のほか、転炉や専用鉄道で使用した電気機関車、銑鉄運搬用のトーピードカー(溶銑運搬車)なども展示されている。

近代製鉄発祥の地、後ろは転炉

近代製鉄発祥の地、後ろは転炉

今年は近代製鉄発祥150週年記念の年

それまでは、足で踏んで空気を送る大型のふいご「たたら」を用いた「たたら吹き」と呼ば れる方法で鉄作りが行われていたが、1858年、日本近代製鉄の父と言われる大島高任(おおしまたかとう)が、現在の岩手県釜石市において、わが国で初め て洋式高炉による鉄の製造に成功した。良質な鉄の大量生産を可能にした洋式高炉の出現は、わが国の近代製鉄の幕開けを告げる画期的な出来事であった。
今年2008年は近代製鉄150周年にあたり、日本の産業を支えてきた鉄鋼業の姿を広く知ってもらうため、年間を通じて記念事業が全国各地で展開されてい る。当ギャラリーでも9月27日から「鉄が拓いた技術~時代のニーズを先取りした鉄のイノベーション~」と題して昭和初期から現代に至るまでの「製鉄プロ セスの技術革新、製品開発」の推移が展示されている。

産業観光に力を入れる北九州市

北九州市では、日本有数の工業都市として発展してきた特性を活かし、事業所見学を中心に 「産業観光」を観光施策の重要な柱として取り組んでいる。北九州市とその周辺には、産業観光に協力している事業所が38あるが、その中にはモノづくり企業 ばかりでなく、フェリー会社や新聞社など非製造業も含まれており、バラエティに富んでいる。市ではこれらの事業所を紹介した「産業観光ガイドブック」を発 行するなど、市内外へPRを進めており、2007年度の産業観光客数(市内の35の産業観光施設の見学者を集計したもの)は16万人に迫り、近年増加傾向 にある。特に次代を担う若者達にモノづくりの現場をダイレクトに体験してもらおうと、協力事業所などを紹介した修学旅行用の専用パンフレットを作成し、修 学旅行の誘致にも積極的に取り組んでいる。その効果もあってか、近年減少傾向にあった修学旅行生数は、2年連続して増加し、2007年度は19万4千人と なった(北九州市観光課調べ)。
協力する事業者側にとっては、見学者受け入れのための人員等の負担が発生するものの、自社(製品)のPRや地域貢献活動への参加といった目的もあるようだ。
また、かつて石炭積出港として発展した門司地区や若松地区をはじめ、観光地として有名な門司港レトロ地区に代表されるように、市内各所には当時の賑わいを 今に伝える産業遺産が現在50ヵ所以上も残っている。産業遺産と事業所見学をセットした産業観光が、今や全国的にブームとなっているが、北九州市では工場 見学が昭和30年代にはすでに定着しており、産業観光の先駆けとも言えよう。

安川電機工場見学

今回、北九州市の産業観光にも協力している産業用ロボットの製造で高い世界シェアを誇る 安川電機の八幡事業所を訪ねた。工場では、部品を組み立てたり溶接したりする産業用ロボット「MOTOMAN(モートマン)」の製造工程を見学した。ロ ボットがロボットを素早く正確に組み立てていく様子には驚かされたが、工場内はイメージしたものとは異なっていた。製造ラインのすべての工程が自動化され ているわけではなく、ところどころ人が介在しているのだ。これは、受注先の工場の仕様に合わせたオーダーメイドの製品が多く、すべてを自動化してしまうと 生産効率が落ちるためだそうだ。現在、この工場では、大小の「MOTOMAN」が月産2,650台ペースで製造されていて、国内すべての自動車メーカーに 納入されているというから驚きだ。
近年の見学者数は増加傾向にあり、2007年度は韓国など海外からの見学者も含め、約8千人が訪れた。案内人 の方に聞くと、見学者の年代も小学生から60歳を超える高齢者までさまざまであるため、それぞれの見学者に適した分かりやすい説明を心掛けているという。 また、単なる製造工程の見学だけでなく、人間とロボットが作業のタイムを競い、ロボットの凄さを体験してもらうなど、子供たちを飽きさせない工夫もされて いる。予約しておけば1名からでも対応してもらえるので、家族旅行で立ち寄ることも可能だ。

ロボット製造工場「モートマンセンタ」

ロボット製造工場「モートマンセンタ」

おわりに

現在、韓国や中国などの諸外国の技術的な追い上げを受ける中で、競争力のあるモノづくり の技術をいかに次世代に伝えていくかが大きな課題となっている。日本の強みであるモノづくりの高い技術力が再評価される今、モノづくり企業が多数集積する 北九州市は、技術の宝庫であると同時にその技術を次代に伝承する役割も担う。今後のイノベーションギャラリーと同市のモノづくり企業の動向が注目される。

(山本 育矢)

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