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西日本レポート

【福岡県太宰府市】美とコミュニティのクロススペース「九州国立博物館」オープン 九博は300人のボランティアが支える“市民参加型博物館”

2006.02.01 西日本レポート

美とコミュニティのクロススペース「九州国立博物館」オープン 九博は300人のボランティアが支える“市民参加型博物館”

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0602_02 『学問の神様』といわれる菅原道真公を祭る太宰府天満宮は、この時期一般の参拝客に加え 受験を目前に控えた学生達の合格祈願する姿が絶えない。この太宰府天満宮の近くに、昨年10月、東京、奈良、京都に続く4番目の国立博物館「九州国立博物 館」がオープンした。今回はこの“九博”を紹介したい。

108年ぶりの国立博物館

九博は、明治期に東京、奈良、京都に建てられて以来、108年ぶりの国立博物館である。 建設の発端は、明治時代の美術界の指導者・岡倉天心が「九州に博物館が必要だ」と提唱したことに遡る。以来、九州各県の官民一体となった長年の誘致活動が 実を結び、昨年10月完成に至った。
九博の建てられた太宰府市は、古代、遠(とお)の朝廷(みかど)とよばれた「大宰府政庁」が置かれ、日本の 外交・軍事拠点として重要な役割を果たしてきたところである。日本の歴史やなりたちは、アジアと地理的・歴史的なかかわりの深い九州、特に大宰府を中心と する北部九州の歴史を抜きに語ることはできないため、博物館の候補地も太宰府市を中心とする北部九州に自然と絞られた。

太宰府天満宮と一体の観光ルート

2002年4月着工、2005年10月に完成オープンした九博は、太宰府天満宮の南に広がる小高い山の中にある。四国から九博へ行くには、空路もしくは海路で九州に渡り、福岡市中心部から西鉄電車に乗り、太宰府駅で下車して歩いていくのが便利だ。
太宰府駅からは、太宰府天満宮の参道経由と参道を通らず散策路を通る2つのルートがある。そのうち、参道経由ルートでは、参道途中を右折し、山の斜面に 沿って伸びるエスカレーターに乗り、虹色に輝く連絡トンネルをくぐるとすぐに、森の緑が建物に映った蒲鉾型の巨大な九博が現れる。年間600万人の参拝客 が訪れる太宰府天満宮と九博は、わずか5分の距離にあり、ほぼ一体の観光コースを形成している。

修学旅行生で賑わう太宰府天満宮

修学旅行生で賑わう太宰府天満宮

自然光いっぱいの博物館

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0602_06九博は建築方法や運営方法でさまざまな工夫や新しい試みがなされている。まず、建物につい て言えば、通常、博物館は展示品や収蔵品にダメージを与える透過光を嫌いガラス張りの建築とはしないが、九博は自然光を取り入れるためにあえて総ガラス張 りとしている。ダブルスキンのガラス壁によって紫外線をカットすることにより自然光の入るエントランスが作り出された。エントランスに立った来館者は、巨 大なスクリーンに映し出されたような外部の木々や自然を目にすることができる。
建物の構造は、ガラス壁の巨大な建物の内側に展示室や収蔵庫を建てる二重構造となっている。そして展示品や来館者を地震から守るため、内側の建物の1階と2階の間は免震構造が採用されている。2005年3月20日の福岡県西方沖地震でもまったく影響がなかったそうだ。
また、九博は建物一棟の大きさでは国内最大規模であり、最大36mの高さの室内はジャンボジェット機が2機収納できるほどである。

市民が集う広々としたエントランスホール

市民が集う広々としたエントランスホール

2つの展示室と体験エリア「あじっぱ」

九博の展示室は、エントランスホールから長いエスカレーターで昇った3階の特別展示室と4階の常設の文化交流展示室からなる。
九博の基本コンセプトは「日本文化の形成をアジア史的観点から捉える」である。常設の文化交流展示室は、海の道、アジアの路をテーマに、「日本文化がどの ようにアジアと関わって形成されてきたのか」、「個性的であり続けたのか」、を縄文時代から近世までのさまざまな文化財を展示室の中心から放射状に展示 し、より詳しく解説するように工夫されている。しかも、順路はなく、どのように回るかはまったく自由だ。
特別展示室では、昨年10月から11月にかけて開館記念特別展「美の国日本」が開催された。今年1月1日からは開館記念特別展第2弾「中国 美の十字路」が開催され、太宰府天満宮の初詣帰りの客も含め多くの入場者で賑わっている。
1階エントランスホールには、アジア文化体験エリアの「あじっぱ(アジアの原っぱ)」がある。この「あじっぱ」には、インドネシアやタイなどアジアの国々 のおもちゃや服、日用品を自由に手にとることができ、その上ボランティアの指導でさまざまな玩具作りに挑戦したり、一日学芸員として土器片などの文化財を 手にとって勉強することもできる。しかも入場料は無料だ。
また、エントランスホールは「きゅーはくミュージアムコンサート」と題して、クラシックやオカリナ、三味線などさまざまな演奏会が開催されるコンサートホールになったり、だれもがくつろげるコミュニティスペースとしても利用されている。

順路のない常設の文化交流展示室

順路のない常設の文化交流展示室

博物館の秘密を覗くバックヤードツアー

収蔵品や寄託品の数はおよそ6,000件あるものの、東京国立博物館や京都国立博物館には 及ばず、その上独自に所蔵する国宝が少ないことが悩みの種である。このデメリットを克服しようと保存・修復には国内最先端の技術が導入された。保存や修復 に手間暇を惜しまなければ、文化財は自然と集まってくるという考えである。
その上、保存や修復をも集客手段に役立てようとしている。博物館とし ては異例中の異例とも言える収蔵庫や収蔵品の修復作業を見せるバックヤードツアーがそれである。博物館の心臓部とも言える収蔵庫は、通常厚い鉄の扉で密封 され、中を見ることはできない。しかし九博では先端技術で温湿度を厳密に管理し、各種の安全機構を設けることで収蔵庫に窓を付け中を見られるようにしたの だ。バックヤードツアーは事前に申し込めば誰でも参加でき、ガラス越しに収蔵庫の中や専門家が行う文化財の修復作業を見ることができる。バックヤードツ アーを案内したボランティアによれば、「みなさん、博物館の秘密の場所が見られると喜んでおられましたが、初めてのことで、はぁーというため息ばかりでし た」とのことだ。

バックヤードツアーでは修復作業を窓越しに眺めることができる

バックヤードツアーでは修復作業を窓越しに眺めることができる

ボランティアが支える市民参加型の運営

運営面の新たな試みは市民参加型である。東京、奈良、京都の3博物館はすべて国の運営で あるが、九博は国と県とボランティアなど地域が協力して運営するという、市民参加型の博物館運営を行っている。特にボランティアは、開館前の2004年 11月に公募され、予想を上回る852人が応募。このうちレポート審査で社会人250人と学生43人の293人が選ばれ第1期生となった。約300人とい う人数は他の国立博物館3館のボランティアを合わせた数と同じくらいである。

アジア玩具の遊び方を研究するボランティア

アジア玩具の遊び方を研究するボランティア

ボランティアの構成は10代の学生から80代のお年寄りまで幅広く、活動日も月1回からほ とんど毎日の人までさまざまで、1日80人が活躍している。その役割は展示解説、教育普及、館内案内(日本語、英語、韓国語、中国語)、環境、イベントの 5分野に分かれる。ボランティアを統括する博物館交流課の瓜生課長によれば「まったくゼロからのスタートで、接遇研修から始めました。特別展のない今でこ そ落ち着きましたが、開館当初は特別展もあり予想を上回る大勢のお客様にお越しいただいたので、いろいろなトラブルも生じました。中にはボランティアさん が苦情の窓口になったケースもあり、嫌なこともあったでしょうが、脱落することなく現在まで来ています。謝金なし、交通費なしのみなさんの熱意には本当に 頭が下がります。」と話していた。実際、取材当日にいたボランティアに話をうかがうと「全国各地からお見えになるお客様とのお話はいろいろな話題に及ん で、文化財以外の会話も楽しいんですよ」「ボランティアにはいろいろな年代の方がいて人生勉強にもなります」「九博はお客様からの苦情、例えば解説の文字 が小さいといったことにもすぐに対応して改善してくれるんですよ」笑顔で話すボランティアからは、お客様と歴史や文化とをつなぐ懸け橋としての役割を心よ り楽しんでいる様子がうかがえた。

木靴を履き“体験”をアピールする広報課の久保田さん

木靴を履き“体験”をアピールする広報課の久保田さん

“まるごと博物館”のまちづくりに取り組む太宰府市

ところで、九博の位置する太宰府市はどういう街なのだろうか。人口6万6千人の太宰府市 は福岡都市圏の膨張に伴い、大規模開発による住宅化や大学の立地、交通網の整備によって人口増加が続いている都市である。その太宰府市は、九博計画の進捗 に合わせて2001年に「太宰府市まるごと博物館計画」をまとめた。それによれば九博と太宰府天満宮をコアエリアとして散策路などを整備すると共に、コア エリアと大宰府政庁跡や水城跡などの史跡を結ぶ「発見の小径」の整備や市内中心部の交通渋滞を解消するため、JR駅の新設やパーク&ライドを進めようとし ている。

西日本の政治、外交、軍事を司った大宰府政庁跡

西日本の政治、外交、軍事を司った大宰府政庁跡

地域振興部まちづくり課の篠原係長によれば、「市内各地にある史跡への関心を九博が呼び覚ましてくれると期待しています」と話すが、史跡が多いために土 地開発が進まず、企業誘致や住宅開発が制限され、税収は低迷し、市の財政が悪化していることも確かである。「天満宮と九博を市の産業活性化につなげた い」。篠原さんは、かつてNHKのアナウンサーとして活躍した鈴木健二さんに似た風貌で一見穏やかだが、「九博オープンの効果が一部の観光関連業者に止ま るのではなく、街全体に広がるよう、これまでの取り組みを見直し新たな仕組みづくりにつなげたい」と熱っぽく語っていた。

“格調高い外観に緊迫した雰囲気”といった博物館に描かれるイメージは九博にはない。昨年12月中旬の特別企画がない時期に訪ねたため、九博は比較的落ち着いていて、ガラス越しの吹雪模様とは裏腹にエントランスホールは気持ちいいほど暖かくゆったりしていた。
これまでの来館者数はオープン後2カ月の有料者だけで44万人を数え、17年度目標の17万人を大きく上回った。さらに、「あじっぱ」をはじめ無料エリアやコンサートを利用した市民は20万人を超えたようである。九博を見ていると素直に博物館は市民のものと思える。

日本最古の梵鐘『観世音寺の鐘』(国宝)観世音寺は太宰府市内にある。

日本最古の梵鐘『観世音寺の鐘』(国宝)観世音寺は太宰府市内にある。

市が目指しているように、展示を見終えた来館者がさらに大宰府政庁跡や水城跡などに足を伸 ばしたくなるという思いにさせるために文化的価値の高い展示品の数だけではなく、博物館を支えるボランティアなどのスタッフや博物館に集う市民一人ひとり が来館者へ語りかけることが必要なのであろう。ボランティアをはじめとした九博を支える地域一体の取り組みが歴史・文化を核とした太宰府市のまちづくりの 大きな推進力につながることを期待して今回のレポートを終えたい。

(黒田 明良)

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