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西日本レポート

【広島県呉市】「大和ブーム」の“神風”で好発進!! -呉市・大和ミュージアム-

2005.12.01 西日本レポート

「大和ブーム」の“神風”で好発進!! -呉市・大和ミュージアム-

大和ミュージアムの外観

大和ミュージアムの外観

松山からスーパージェットに乗って約1時間で到着する呉市は、広島県の西南部に位置し、瀬戸内海に面した風光明媚な港町。戦前より東洋一の軍港として栄 え、造船業を中心に発展し、世界一の戦艦「大和」を生んだ。この呉市に、その「大和」にちなんだ今話題の観光スポットがある。

今年4月に待望のオープン

総工費約65億円、2年余りの工期を経て、大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)が今 年4月に待望のオープンを迎えた。この歴史科学館は呉の歴史、およびその近代化の礎となった造船、製鋼を始めとした各種の科学技術を先人の努力や当時の生 活・文化に触れながら紹介しており、さながら明治以降の日本の近代化の歴史そのものである。テーマは「呉の歴史」「船をつくる技術」「未来へ」という3つ で構成されている。
館内には、市の職員約20名に加え、ボランティアで案内をしたり来館者の質問に答えたりする人がいる。このボランティアス タッフは、開館当初呉市が呼びかけたところ、約80名の方が応募し、常時約10名が配置されている。当時を知る人も多く、大和ミュージアムの貴重な戦力 だ。このように、全国からの来館者に少しでも満足してもらおうと、館内における受け入れ体制は万全を期している。

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早くも来館者100万人を突破

大和ミュージアムでは、当初「初年度来館者40万人」という目標を掲げていた。しかしな がら、開館後わずか4ヵ月目の7月には40万人を達成するといううれしい誤算となった。そのため、閉館時刻を6月から2時間延長し19時までとし、あわせ て運営に携わる職員を2名増員するなど対応に追われた。その後、目標を80万人に上方修正したものの、11月5日には早くも100万人の大台を突破した。 当初見込みを大幅に上回る超ハイペースだ。
来館者は県外客が多く、全体の約6割を占めている。また、来館者数は平日で約4千人、土日で8~9千 人、連休ともなると1万人を超えるという。私が訪問したのは10月中旬の平日であったが、「平日なら人も比較的少ないだろう」という予想に反し、関東や九 州からのバスツアーの観光客が次々と訪れており、スタッフは息つく暇がない様子だった。
ミュージアムショップ(売店)をのぞいてみると、戦艦「大和」のジグソーパズル、「大和Tシャツ」、戦艦「大和」の模型などのいわゆる「大和グッズ」が飛ぶように売れていた。
一方、今月公開が予定されている映画「男たちの大和/YAMATO」(原作:辺見じゅん氏)のロケが今年2月から6月にかけて呉市と尾道市で行われた。尾 道市ではこの映画の撮影に使用された戦艦「大和」のロケセットを7月から一般公開している。この映画の話題性も大和ミュージアムの高い集客力の強い追い風 となっているようだ。パッケージツアーでも、呉の「大和ミュージアム」と尾道の「ロケセット」がセットになっているものが多いという。

1番人気はやはり戦艦「大和」

このミュージアムの目玉は、なんといっても1階中央の「大和ひろば」にある10分の1サ イズに復元した戦艦「大和」の模型である。「大和」は1941(昭和16)年、呉海軍工廠(海軍直轄の工場)で当時の最先端技術を結集し建造された世界最 大の戦艦である。1945(昭和20)年、沖縄特攻作戦に向かう途上、米軍艦載機386機の攻撃を受け死闘の末、九州南西沖で沈没、乗組員の大半が「大 和」と運命をともにした悲劇の戦艦として知られている。

<戦艦大和の概要>

建造所呉海軍工廠
起工1937(昭和12)年
進水1940(昭和15)年
竣工1941(昭和16)年
沈没1945(昭和20)年
全長263.0m
最大幅38.9m
基準排水量65,000トン
満載排水量72,809トン
建造費約1億3,700万円(1936年艦政本部試算)
乗組員3,332人(うち生存者276人)

大きさはまさに“巨大”の一言。10分の1サイズといっても全長は26.3mあり、試しに実際に歩いてみると、大和の周囲を一周するのにちょうど110歩かかった。
ボランティアの方の話によると、1番人気は戦艦「大和」、2番人気は大型展示室にある零戦のようだ。「大和」の周囲では、携帯電話のカメラで撮影している人が多いが、一眼レフなどでじっくり時間をかけて撮影している人も少なくない。
また、年配の方が感慨深げに見つめる姿が非常に印象的だった。あるボランティアの方は、「大和のそばに立っていると、当時を良く知る方は必ずといっていい ほど話しかけてきます。『あの時はこうだったなあ』と当時の貴重な話をしてくれ、思い出話に花が咲くんですよ。私自身にとっても大和は特別な存在、そして 何より呉を誇りに思っているから、喜んでボランティアをやらせてもらっています」と語っていた。

10分の1サイズに復元した戦艦「大和」

10分の1サイズに復元した戦艦「大和」

大和の46cm主砲の破壊力

これからの企業経営に必要とされる「ヒト・モノ・カネ・情報」などについての最新の考え方を学び実践に生かす。先輩経営者の知恵と実践を学び、経営のあり方、経営に対する着眼点を捉える。一流の講師陣との交流のなかで、知識を吸収する。さまざまな業種・業態のメンバー相互でネットワークの輪を広げる。

戦後復興を支えた「大和」の技術

戦艦「大和」は当時の日本における造船技術の粋の結晶であり、「大和」の建造で培われた技術は日本の戦後復興にも大きく貢献、日本の高度経済成長を支え続けた。その意味で、「大和」は現在、日本経済のさまざまな先端分野で活かされているといえるだろう。
例えば、目標までの距離を測る測距儀(そっきょぎ)の技術は、戦後、カメラに代表される精密光学機器の発展に大きな影響を与えた。造波抵抗の減少や航続距 離の増大を目的として生み出された「球状艦首」は、漁船から大型タンカーまで、世界中の船舶の建造に応用された。「大和」の46cm主砲を製造する高度な 技術は、熱交換器や船舶用圧力式液化ガスタンクといった特殊圧力容器製造などの技術に、また、生産工程を効率化する技術はその後の日本の自動車生産にも取 り入れられている。

質量ともに予想をはるかに超える展示品

「呉の歴史」の展示室においては、1889(明治22年)の呉鎮守府開庁から現在に至る 呉の歴史を知る上で貴重な写真や当時の「大和」の開発に関わる資料、また、その後の2度の潜水調査で引き揚げられた「大和」の“遺品”などが展示されてい る。また、「大型資料展示室」においては、零式艦上戦闘機(零戦)や人間魚雷「回天」など数多くの貴重な実物資料が展示されている。当時の様子が生々しく 伝わってくるため、どの展示品の前でも足が止まるが、特に乗組員の遺書などをみると、ただただその“重み”に立ち尽くすばかりであり、現在の平和が多くの 先人の尊い犠牲の上に成り立っていることを痛感する。ここに展示されているすべての 物が戦争の悲惨さや平和の尊さを訴えている。
とりわけ年配の方の展示品を見る目は、まさに真剣そのものだ。この一室には、軍港呉を通して、近代 化に向けて歩んだ日本の歴史、そして先人の努力や関係者の方々のいろいろな想いが凝縮されている。一つひとつじっくり見ていくと、1階の展示室だけで半日 ぐらいはあっという間に過ぎてしまう。質量とも予想をはるかに超える展示品を見ながら、ふと、「是非一度、自分の両親を連れてきてみたいな」という思いが した。

1階の展示概要と平面図

1階の展示概要と平面図

今後のさらなる発展を期待して

前述の映画「男たちの大和/YAMATO」が今月公開されれば、さらに「大和ブーム」に拍車がかかるのは間違いなく、年明け後も息の長いブームが予想される。
呉市内には「大和ミュージアム」以外にも、重要文化財である旧呉鎮守府司令長官官舎などがある「入船山記念館」、呉の歴史を象徴する工場群が一望できる 「歴史の見える丘」、「海上保安資料館」など見所が多い。2年後の2007年には、実物の潜水艦を陸揚げ展示する「海上自 衛隊呉史料館(仮称)」のオープンも予定されている。
今後、大和ミュージアムが地域内にある既存の資料館や関連施設の中核施設としての役割を果たし、「歴史の町 呉」のシンボルとしてますます発展することを大いに期待したい。

(小林 豊和)

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