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愛媛の近代化産業遺産を訪ねて

かつての塩のまち「波止浜」を今に伝える庁舎 -今治市 旧大蔵省坂出地方専売局波止浜出張所-(2005年9月)

2005.09.01 愛媛の近代化産業遺産を訪ねて

旧大蔵省坂出地方専売局波止浜出張所

シリーズ「愛媛の近代化産業遺産を訪ねて」第2回目は、今治市波止浜にある旧大蔵省坂出地方専売局波止浜出張所の庁舎をご紹介します。

 

塩のまち、波止浜

今治市波止浜は、現在活況を呈している造船・海運の拠点であり、“船”のまちとして全国的に有名であるが、かつては製塩業で栄えた町であったことは、地元以外ではあまり知られていない。
 『愛媛面影』(半井梧菴(なからいごあん)著)には、「今に二百余年、鹵(ろ)塩の利甚(はなは)だ多しと云ふ」(鹵塩とは製塩のこと)と記されており、図からは、塩田や港町として栄え、「伊予の小長崎」とまで言われた波止浜の盛況ぶりがうかがえる。
 また、波止浜という地名も“塩”に由来している。塩田開発に伴う潮止の堤防を「波止(はし)」、塩田を「浜」と呼んだことから、「波止浜」という地名につながったと言われている。その他にも、「内堀」「地堀」といった塩田に関連した地名が今も残っている。なお、このとき作られた堤防の跡を現在の国道317号線が走っている。

「愛媛面影の波止浜」

「愛媛面影の波止浜」

 

波止浜でいかに製塩業が発展したか

波止浜の塩田は、波止浜塩田の開祖といわれる波方町出身の長谷部九兵衛(はせべくへえ)が天和3(1683)年に県内最古の入浜式塩田を開発してから、昭和34(1959)年の廃止に至るまで、270年余りの歴史をもつ。波止浜で製塩業が発展した主な理由として次の3点が挙げられる。まず1点目は、瀬戸内海沿岸が、全国的にも晴天日数が多く、雨が少ない地域であること。2点目は、波止浜湾が遠浅で、干潮と満潮の海水面の差が大きく塩田開発に適した地域であったこと。そして3点目は、日本で最初の入浜式塩田が築造され、製塩業が発達していた竹原塩田(広島県)が近隣にあったこと、そしてその先進地に学び波止浜の塩田を開発した先覚者がいたことである。長谷部氏は自ら竹原に移り住んで、最新の製塩技術を学んだという。
 江戸時代以降、瀬戸内海沿岸地域を中心に盛んに塩田が築造され、当地域が日本の製塩の中心となった。

 

塩専売法施行

明治に入ると、海外から流入してくる安い塩との闘いの日々が続いた。国内の製塩業者には、輸入塩に負けない品質の維持・向上や生産コストの削減が求められたが、個人経営が多く、投資に限界があった。明治30年代に入ると、「塩田国有論」が台頭し、明治38(1905)年、日露戦争を契機に、明治政府は戦費調達と国内塩業の保護を目的に「塩専売法」を施行した。以後全国的に生産性の低い塩田が整理される中で、昭和10(1935)年には全国面積の約90%が瀬戸内地域に集約された。政府は、これらの塩田を管理・統括するための専売局や出張所および取扱所を主な塩田産地に置いた。そのうちの一つが波止浜出張所で、阪部塩務局(後の坂出地方専売局)の出張所として設置された。

 

塩専売法を伝える庁舎

「大蔵省坂出地方専売局波止浜出張所」は、明治44(1911)年の竣工と伝えられる。波止浜港のそばに建ち、現在は(株)新来島波止浜どっくの会議室として使用されているが、周りをブロック塀で囲まれており、注意して見ていないと見過ごしてしまう。建物は、木造平屋の寄棟造りで、当時としては異彩を放つ近代的な洋風建築で国家の威信を示していたと思われる。建物の背後に林立する造船所のクレーン群を見ると、この建物だけが時代に取り残されたような感覚にとらわれる。
 その後、旧専売局の庁舎の多くが塩田の廃止とともに取り壊された。波止浜以外の現存例として有名なものは、赤穂市の「旧大蔵省赤穂塩務局庁舎」で、現在は赤穂市立民俗資料館として一般公開されている。
 なお、県内には波止浜のほか、伯方にも出張所の庁舎があったが、昭和10年代に建て替えが行われ、現在は「伯方の塩」で有名な伯方塩業(株)の伯方工場・事務所として使用されている。

旧伯方出張所・事務所(現伯方塩業(株)伯方工場・事務所)

旧伯方出張所・事務所(現伯方塩業(株)伯方工場・事務所)

 

おわりに

現在、波止浜の塩田跡地はゴルフ場、自動車教習所、住宅地などに様変わりしており、当時の面影はほとんど感じられない。唯一、波止浜の塩専売の歴史を今に伝えている旧庁舎も老朽化が著しく、このままでは波止浜がかつて塩のまちであったことを示す象徴的な建物が消え去ってしまうのではないだろうか。そうならないよう今後、出来るだけ早く、関係者の尽力によりこの貴重な近代化産業遺産が末永く保守・継承されることを祈りつつ、現地を後にした。

(山本 育矢)

【参考文献】
『愛媛温故紀行』 編集発行 財団法人えひめ地域政策研究センター(2003年)
『しまなみ海道の近代遺産』大成経凡 (2004年)
『波止浜塩業史』森光繁/波止浜興産(株)(1968年)
『愛媛面影』半井梧菴/編集 伊予史談会(1980年)

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