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合併市町村を訪ねて

「えひめの東の端」から「四国の中央」へ - 4月1日、四国中央市誕生 -(2004年4月)

2004.04.01 合併市町村を訪ねて

 くろーずあっぷは今回から、今、真っ盛りの市町村合併を取り上げる。「旬」の市町村を訪ねて、その経緯や合併協議過程で工夫を凝らした点、新しい自治体への夢などを紹介しよう。
 第一回は、この4月に誕生する一番フレッシュな市、「四国中央市」である。

工業出荷額四国一の「紙のまち」

 愛媛県の東の端から、「四国中央市」が産声を上げる。川之江市・伊予三島市・新宮村・土居町が合併して誕生する、愛媛県内では平成に入って初めての大型合併である。
 四国中央市は、松山市へ82キロ、高松市へ69キロ、高知市へ61キロ、一番遠い徳島市でも101キロ(いずれも最寄インターチェンジ間の距離)。自動車なら1時間程度で行き来できる。まさに「四国の中央」だ。
 人口約10万人、わが国でも有数の「紙のまち」として知られ、工業出荷額は5,700億円と四国一を誇る。

 

合併は50年来の夢

 合併協議会発足以来、全国から多くの視察研修を受け入れたが、これだけ人口規模が拮抗(旧川之江市39,000人、旧伊予三島市38,000人)した市が関係する合併と聞き、驚かれるという。こうした同規模自治体が関係する合併の場合、通常、双方が主導権を握ろうとし、結局、物別れに終わるケースが多い。
 実際、宇摩地域でも、これまでにも何度も合併の気運が盛り上がりかけた。しかし、いずれも日の目を見ずに終わった。宇摩地域が2市1町2村(旧別子山村を含む)の体制になったのは、1954年(昭和29年)11月のことであるが、早くも1958年(昭和33年)には伊予三島・川之江の両商工会議所が議会に合併の陳情を行い、採択されている。1960年代後半には任意協議会が発足し、報告書をまとめたものの、お蔵入りとなるなどの経緯もあったようだ。このように、過去、いくつかの「波」があったが、「上げ潮」となることなく、いつしか潮は引いていった。
 しかし、関係者の頭の片隅にはいつも「合併」の2文字が頭にこびりついていた。市街地が接し、伊予三島・川之江両駅間は特急ならわずか5分。銅山川から引いた共通の水を使う関係である。「いつかは…」という気持ちは誰もが抱いていた。昭和の合併後生まれた人たちが社会の中堅を占めるようになり、合併は自然な流れとして受けとめられていった。
 苦節50年、時には物議を醸したこともあったようだが、宿願の合併といえよう。

 

あしかけ3年の合併協議

 ▲市庁舎にかかる誕生を祝す垂れ幕 (3月撮影のため市旗は旧市のもの)

▲市庁舎にかかる誕生を祝す垂れ幕
(3月撮影のため市旗は旧市のもの)

 今回の合併は、直接には2000年(平成12年)9月の宇摩地域5市町村長トップ会談(旧別子山村を含む)に遡る。それから、あしかけ4年近く。任意の合併協議会が発足してからでも3年経つ。
 合併の協議において、特に留意したのが、対等合併の精神を念頭に置き、相手の立場に立って考え、ただ主張するばかりでなく、引くべき時は引くという互譲の精神で臨んだことである。合併協議会事務局では、これが合併に漕ぎつけられた最大の要因と語る。
 新市名、本庁の位置問題等では大変な苦労があり、また新市建設計画策定は時間との戦いであった。しかし、協議記録をひもとくと、民間委員も交えて、非常に熱心でかつ丁寧な検討が重ねられている。「合併では先発組のため、一から手探りで進めざるを得ず、今になって思うと随分遠回りをしたかもしれない。担当者は夜も寝られない状況が続いたのでは…」と合併協議会事務局では振り返る。

 

 

 

行政改革で新市まちづくり事業費を生み出す

 市町村合併は、相変わらずの「箱物」優先、「合併特例債」目当てという批判がよく聞かれる。四国中央市の場合はどうか。
 まちづくり建設事業として合併特例債を活用し約430億円を予定しているが、そのうち四国中央市としての負担は130億円程度。その財源は、合併から10年間行政改革による人件費節減(新規採用を退職者の1/2に止める等)、物件費の圧縮などにより生み出す計画だ。
 「合併して最初はいろいろな施設や設備にお金が必要です。それには、『合併特例債』という有利な制度があります。この制度では国の財政支援が受けられ、四国中央市で実質的に負担していくのは、430億円のうち130億円程度で済みそうです(注)。行政改革で130億円を確保し、それで返済していけます。市民には余分な負担ははかからないようにします――」ということだ。
(注)市で負担した残りは、償還額の7割に見合った額が地方交付税として国から交付される仕組みとなっており、これでまかなう。

 

民間が活発に動く

 宇摩地域は、静岡に次ぐ紙産業の大集積地である。企業活動が活発で、業種柄、企業経営者は、単に宇摩地域や愛媛、あるいは四国ではなく、全国をみている。そのため、何が何でも自分の住む所が大事という地域エゴは比較的少ないように見受けられる。かねてから行政区域が小さく分かれていることは不合理に映っていたようだ。このため、今回の合併においても先導的な役割を果たし、特に青年会議所(JC)はおよそ15年前からシンポジウムの開催、住民アンケートの実施など、活発に行ってきた。行政ベースで正式に合併協議が始まってからも、活発に発言、活動してきた。

 

目玉はCATVとコミュニティバス

 新市事業の目玉としては、CATV(ケーブルテレビ)とコミュニティバスが挙げられる。
 CATVは当初から、高度情報社会の基本的インフラとしてその可能性を検討してきた。東予の各市には既にCATVがある(11月に西条市と合併する予定の東予市を除く)。やはりわがまちにも欲しい。
 こうしたニーズを受けて、合併協議会では「CATV研究分科会」をつくり、検討を重ねてきた。行政に要望するだけ、後は行政にお任せ――としないのが、この地域の真骨頂。しかも、合併までに道筋はつけておきたい。そこで、精力的に会合が重ねられた。結論としては、「住宅密集地については第三セクター(4月設立予定)による整備、その他については市による整備」という方針が提案された。
 確かに旧伊予三島市・川之江市の市街地は互いに接し、民家も連なっているから整備はやれそうだ。一方、山間部もあり、市街地との格差を発生させない対策が求められる。そこで、先の二分法が提案された。こうした知恵を生み出すのも、この地域の特徴である。
 しかも、合併効果を早く現実のものとするため、2~3年でいきわたらせる計画である。

 

コミュニティバス

 コミュニティバスについても要望の強かった項目である。
 「バス導入研究委員会」をつくり、20回以上の会合を持ち、全国各地の事例や民間バス事業者等へのヒアリング等を実施してきた。その過程ではIRCでも松山等のコミュニティバスに関する情報提供を行ったことがある。
 宇摩地域に限らず、各地でコミュニティバスの要望は強い。しかし、一般的に、利用者数は多くは期待できず、しかも政策的にも安価な料金設定が求められる。このため、コミュニティバス事業単体で採算を採っていくことは非常に難しいといわれる。住民サービスを意識するあまり、拙速で路線を設定し、やみくもに走らせても、赤字の山となる。合併の目玉事業として実施したのであれば、なかなか止めにくい。これといった打開策がないまま、雪だるま式に赤字が膨れあがるということになりかねない。そして、しまいにはお荷物事業という好ましからざるレッテルを貼られかねない-という懸念がつきまとう。
 これについても、この地域らしいアイデアがある。
 あえて新市発足と同時にスタートとすることは避けて、試行的に運行する予定である。また、必ずしも「バス」にこだわらず、タクシー会社への委託等も選択肢としている。新宮村が既に「福祉バス」として山間部ではバスを走らせていることもあり、既存の民間バス路線との整合性を確保するという判断もあったようだ。

 

「州都」へと膨らむ夢

 将来の夢は、もちろん「四国州都」だ。
 ただ、現状では市街地が連続しているとはいえ、中心が明確でなく、都市の「顔」がはっきりとしない点は否めない。10万都市らしい都市機能を集積していくことや、市街地の東西・南北の道路網の整備、さらに産業の発展を支える港湾機能の拡充は、これからの「まちづくり」の大きな課題だ。
 しかしながら、コンスタントに成長を遂げてきた強固な地場産業があり、将来の不安を感じての「とりあえずの」合併ではない。都市としての格を高めるため、全国を視野に入れた地域経営の感覚と、合併協議過程で生み出した数々の知恵、そして改めて見つめなおした地域の良さをもってすれば、きっと素晴らしい未来が開けていくことだろう。四国中央市の発展を見守りたい。
四国中央市のホームページ http://www.city.shikokuchuo.ehime.jp/

 

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(福嶋 康博)

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