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愛媛が誇る世界一・日本一

炭素繊維で世界No.1!! 東レ株式会社愛媛工場(松前町)(2002年8月)

2002.08.01 愛媛が誇る世界一・日本一

はじめに

 このシリーズでは、特定の分野で世界一あるいは日本一のシェアを誇る製品を持ち、発展を続けている県内の事業所を”くろーずあっぷ”し紹介している。なぜ世界一あるいは日本一になったのか、どのようにしてそのトップの座を維持しているのかなどを明らかにすることが目的である。
 今回は、第2回目としてPAN(ポリアクリロニトリル)系炭素繊維の生産で世界一のシェアを誇る東レ(株)愛媛工場を訪ねた。

 

1.「PAN系炭素繊維」世界シェア31%

~愛媛工場は「トレカ」の主力工場~

 19世紀末にトーマス・エジソンが竹を焼いて作ったフィラメントを用いて電球を発明した。これが炭素繊維のはじまりといわれているが、今では、アクリル長繊維を1,000℃以上の高温で炭化したものが主流となっている。炭素繊維は鉄に比べて比重が約4分の1、強度は10倍といわれ、「軽く・強く・歪(ゆが)まない」という優れた特性を持っている。
 主な炭素繊維には安価な石炭ピッチを原料とするPITCH系やアクリル繊維を原料とするPAN系があるが、市場の8割以上は東レ(株)愛媛工場などで生産しているPAN系が占めている。このPAN系炭素繊維の世界の生産能力は24,500トン(2001年)。そのうち日本勢が75%のシェアを握っている。特に東レグループが生産する炭素繊維「トレカ」は31%を占め、世界一のシェアを誇っている(図表-1)。東レグループの内、約3分の2は愛媛工場で生産されており、愛媛工場は「トレカ」の主力工場として位置付けられている。
 この「トレカ」は、一本の太さがたった7ミクロン(1ミクロンは髪の毛の100分の1程度)であり、これを1,000本~48,000本たばねたものがトレカ糸になる(写真-1)。この「トレカ」の用途は多岐にわたっている。テニスラケットやゴルフクラブのシャフトはもとより、飛行機の機体などにまで利用され、今や日本が世界をリードする繊維素材の一つになっている。

~愛媛工場で産声~

 1936年、愛媛県の積極的な働きかけもあって当社の前身である東洋絹織(株)が、豊富な労働力や潤沢な水などに恵まれた伊予郡松前町に設立された。41年に東洋レーヨン(株)、70年に現在の東レ(株)愛媛工場に名前を変えた。ナイロンやポリエステル等の繊維や化成品を中心に生産していたが、70年代に入り発展途上国の追い上げで日本の繊維業界に翳りが見え始めたころ、炭素繊維「トレカ」が産声をあげた。愛媛工場で製造されていた毛布や下着の素材であるアクリル繊維「トレロン」を炭化したもので、身近に素材や技術があったことで研究開発が進み、生産がスタートした。

~用途開発とコストダウン~

 PAN系炭素繊維の発展過程は、まさに「トレカ」の成長の歴史である(図表-2)。「トレカ」は71年から生産が始まり、まずゴルフクラブのシャフト、釣竿などスポーツ・レジャー部門で用途開発が進んだ。ゴルフクラブのシャフトの重量を40gまで軽量化できたのも「トレカ」のおかげである。84年頃からゴルフやテニスブームの到来もあり急速に生産を伸ばしていった。
 また、ボーイング社やエアバス社など世界の名だたる航空機メーカーに「トレカ」が認められ、機体に利用され始めたのもこの時期である。現在、世界の航空機メーカーの技術者は、研究開発や商談のため東レ(株)愛媛工場を頻繁に訪れている。そのためこの業界では東レ(株)愛媛工場を知らない者はいないとまでいわれている。
 94年以降は、環境問題への対応や省エネへの関心の高まりを背景にPAN系炭素繊維の市場はさらに拡大している。ヨーロッパでは原子力発電所に対する風当たりが強く、その代替として風力発電の建設が急増しているが、「トレカ」は風を受ける長さ40mを超える巨大な羽根の部分に利用されている。また、車体の軽量化のため自動車の燃料タンクやボディーに利用され、燃費効率を上げることに貢献している。こうした新たな需要に対応するため、愛媛工場では98年に設備を増設し、従来の約2倍となる年間4,700トンの生産ができる体制を整えた。

図表-2 PAN系炭素繊維市場の変遷

図表-2 PAN系炭素繊維市場の変遷

 

 用途開発が進むことで生産量が増え、その量産効果によって価格低下が進んだ。価格が安くなることにより、また別の新たな用途が生まれた。こうした好循環により「トレカ」の生産量は右肩上がりに増加したのである(図表-3)。

図表-3 愛媛工場炭素繊維生産量推移

図表-3 愛媛工場炭素繊維生産量推移

 

 また、世界の航空機メーカー大手は2006年と2008年に新機種の導入を予定している。新機種の場合、1機に使われる「トレカ」の量は現在の数トンから数十トンと大幅に増加するといわれ、市場は今後一段と拡大していく見通しである。

 

2.世界一の秘密

~数多くの努力と執念~

 「トレカ」が開発された当時、社内では素材自体の将来性はある程度評価されていたが、商業ベースに乗せるまでには幾多の苦難が待ち受けていた。その苦難を乗り越える原動力となったのは、当時の工場長や研究所長の強力なリーダーシップのもと、技術や製造、メンテなどの各部門のスペシャリストを集めたプロジェクトチームの血のにじむような努力と執念であった。
 メンバーの1人は「開発がうまく行かない時は、女房・子供は実家に帰して、2ヵ月ぐらいは研究だけに没頭した。社宅では、ずっと家に帰ってこないため母子家庭みたいねといわれていた。今になるとなつかしい。」とその当時を振り返る。
 いくら良い素材が開発できても売れなければ意味がない。開発されたばかりの新素材を認知してもらうためには、ユーザーに対し、その素材の特性や用途などの情報提供がポイントとなる。そのためプロジェクトチームの技術者もセールスエンジニアとして「トレカ」を鞄に詰め込んで営業に歩いた。またある技術者はスポーツ用品メーカーに出向し、共同での「トレカ」を使った新製品開発に励んだ。
 プロジェクトチームを中心に愛媛工場の全社員が総力をあげて「トレカ」の品質向上やコストダウンに取り組んだことにより、「トレカ」を採用する企業が次々と増加していった。

~複合材料研究所~

 世界的な航空機業界の不況により炭素繊維の市場に影響が及び始めた91年、滋賀にあった「トレカ」の企画・研究・開発の機能を愛媛に移し、設立されたのが「複合材料研究所」である(写真-2)。滋賀工場の多くの「トレカ」研究者たちが愛媛工場への転勤辞令を受け取り、決意を新たに愛媛に集結したという。これにより「トレカの研究開発から生産まで」の一貫体制が整い、それ以降、常に他社に一歩先駆けて研究開発を進めることができた。

写真-2 複合材料研究所

写真-2 複合材料研究所

~航空宇宙分野で認証取得~

 愛媛工場は化学薬品や繊維分野などでISO9001の認定を取得していた。しかし2001年12月に適用範囲を拡大し、日本で初めて航空宇宙分野でJISの認証を取得した。航空機や宇宙ステーションに利用される素材は、非常に高いレベルの品質管理が要求される。「当社は、素材から製造工程まで最高レベルの品質を追求し続けている。トレカの品質は世界一」と勝木技術部長は力強く語る。

~2つのエピソード~

 ここで「トレカ」のすばらしさに関するエピソードを2つ紹介しよう。
 99年3月、北朝鮮による日本の領海侵犯事件が発生したが、その工作船を拿捕することができなかった。この事件を機に国際的な高性能の高速艇の需要が高まるなか、ノルウェーの民間業者がその開発に成功した。その高速艇の素材を調べてみると大部分が「トレカ」であったという。
 もう一つは、アメリカズカップの話である。ヨットの世界大会で知られるアメリカズカップでは、船体に一定以上の「トレカ」を使用しないよう制限が設けられているという。船体すべてにトレカを使用すれば、軽量でかつ強度のあるヨットができあがり、操舵技術でなく素材技術の争いとなってしまうからだ。
 いずれも「トレカ」の品質水準の高さを示す話である。

 

3.ロマンを求め

~時代を創る工場~

no052-07 全国に12ヵ所ある東レの工場の中でも、愛媛工場は特に「時代を創る工場」と位置付けられており、「トレカ」以外にも将来性の高い製品をいくつか製造している。
 一つは、排水の再利用を可能にする逆浸透膜「ロメンブラ」である。海水を真水に換え飲料水等に利用されるほか、地下水、河川水などを超純水に換え半導体の洗浄水などに利用されている。水資源の供給を通し、産業の発展や生活文化の向上に役立つ製品として世界中から期待されている(写真-3)。

 もう一つは、ネコやイヌなどのペットを対象にした世界初のウイルス病治療薬「インターキャット」である。この製品はすでに世界に向けて輸出されており、今後、さらに大きな成長が見込まれている。

~地元中小企業との技術交流~

 去る6月13日、(財)えひめ産業振興財団主催で「大手企業と中小企業の製品・技術等交流会」が行われた。この交流会は、樋口工場長の発案によるもので、当社をはじめとする県内の大手企業7社が県内の中小企業に素材を提供し、それを利用することで新製品の開発を促していこうとするものである。この交流会の主旨に賛同し、県内から100社近くの中小企業の参加があった。
 大手企業とともに技術開発に取り組むことは、今後の生き残りを模索する中小企業にとって大きなチャンスとなるであろう。この交流会を通して大きくはばたく中小企業が生まれてくることが期待される。
 「今日再び来たらず ロマンを求め 精一杯生きる」を座右の銘とする樋口工場長は、愛媛工場のスローガンに「明るく 果敢に 迅速に」を掲げ、全社員一体となった愛媛工場の経営革新に邁進中。
 今後ますますの飛躍を期待したい。

(木内 淑雄)

【愛媛工場の概要】

所在地伊予郡松前町筒井1515
工場長樋口 富壯
no052-photo
従業員815名

 

【工場沿革】

1936年東洋絹織株式会社設立
1938年レーヨン紡績、織布、染色仕上げの一貫創業開始
1963年ポリエステルテープル「テトロン」操業スタート
1970年社名 東レ株式会社に改称
1973年炭素繊維「トレカ」操業スタート
1980年逆浸透膜「ロメンブラ」操業スタート
1991年複合材料研究所開所
1993年動物用医薬品「インターキャット」操業開始
1994年ISO9001認証取得
2000年「トレカ」設備増強(設備能力4,700トン/年)
2001年「航空宇宙」分野でJISQ9100認証取得

 

 

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